ハリウッドパーク競馬場

ハリウッドパーク競馬場(ハリウッドパークけいばじょう、Hollywood Park)は、アメリカ合衆国にかつて存在していた競馬場カリフォルニア州イングルウッドに位置し、ベイメドウズランド社が所有していた。ハリウッドゴールドカップを始めとするアメリカ西海岸競馬の主要競走を数多く開催していた。跡地には、SoFiスタジアム(2020年完成)やYouTubeシアター、NFLロサンゼルスビルヂングが建設された。

ハリウッドパーク競馬場
空から見たハリウッドパーク競馬場
空から見たハリウッドパーク競馬場
施設情報
所在地 1050 South Prairie Avenue Inglewood
カリフォルニア州
座標 北緯33度57分0秒 西経118度20分16秒 / 北緯33.95000度 西経118.33778度 / 33.95000; -118.33778座標: 北緯33度57分0秒 西経118度20分16秒 / 北緯33.95000度 西経118.33778度 / 33.95000; -118.33778
開場 1938
閉場 2013
所有者 Bay Meadows Land Co.
コース
周回 左回り
馬場 ダート・芝(平地競走のみ)
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歴史 編集

1938年にハリウッドターフクラブによって開設された競馬場で、競馬場建設で名高い建築家アーサー・フローリッヒによって設計された。初代取締役会議長にワーナー・ブラザースジャック・ワーナーが就き、取締役にアル・ジョルソンラオール・ウォルシュマーヴィン・ルロイビング・クロスビーウォルト・ディズニーらハリウッドにゆかりのある関係者が就任している。「ハリウッドパーク」の名前の由来は、競馬場がハリウッドから10マイルの位置にあったことに因んでいるという。

開設した年から続けられてきたハリウッドゴールドカップを始め、3歳芝路線の主要競走であるハリウッドダービー、日本から招待されたシーザリオが制したことでも知られるアメリカンオークスなどが開催されていた。長らくアメリカ西海岸競馬の大競走を行う競馬場として高い地位をもち、1984年には初のブリーダーズカップの開催地として選ばれた。第4回・第14回も同競馬場で開催されている。

また、新しい設備や馬券の発売方式の導入に積極的な競馬場でもあり、1941年にはパトロールフィルム撮影を導入、1945年にはカメラ塔の設置などが行われている。他の競馬場に先駆けて馬単(二連勝単式)馬券を導入した競馬場でもあり、4連単やPick 6などの馬券方式も発売されていた。

開催は4月下旬から7月中旬までの春季開催と、11月上旬から12月末までの秋季開催に分けられていた。開催週は木曜日から日曜日にかけて営業されており、金曜日はナイター開催を行っていた。

存廃問題 編集

しかし、時代の流れとともに競馬産業も全体的に斜陽化が進み、スロットマシンの設置がまだ行われていなかったハリウッドパーク競馬場運営は、次第に傾きつつあった。重賞の賞金額も年々減少の傾向にあった。1999年にチャーチルダウンズ社によって買収され、運営者名がピナクルエンターテイメントへと改称された。

それから6年後の2005年7月に、チャーチルダウンズは同競馬場をベイメドウズランド社に売却している。ベイメドウズランドはストックブリッジ不動産ファンド社の子会社であり、その買収目的は競馬以外にあることは明白なものであったが、買収には最低3年間の競馬開催の保証が含まれていたため、2006年以降も一時的に開催のめどは立てられた[1]

しかしその後の運営状況も芳しくなく、スロットマシン設置の許可がカリフォルニア州政府より下りないと、廃止は免れない状況であった。すでに競馬場の一部の敷地は不動産業者に売却されており、「イングルウッドルネッサンス」と呼ばれる新興住宅地へと変貌している。廃止後の跡地は「ハリウッドパークトゥモロー」と銘打たれた総合的商業スペースになり、その他にホテルや住宅地、公共施設などが建設される予定である[2]。 2009年7月8日、イングルウッド市議会は再開発を最終的に承認、ここにハリウッドパークの廃止が決定事項とされた[2]

2010年をもって競馬開催は終了し、競馬場も取り壊される予定であったが、同年10月にカリフォルニア競馬委員会は同競馬場の2010年度の開催予定を発表し、少なくとも同年中は存続することが明らかになった[3]。 その後も競馬は開催されたが、結局2013年12月22日に廃止することになった[4][5]

跡地にはNFLロサンゼルス・ラムズチャージャーズとの共用として使用するSoFiスタジアム(2020年完成)が建設された。

コース 編集

ダートコースは1周1マイル1/8(9ハロン、1811メートル)。内側に設けられたコースは1周1マイル(8ハロン、1608メートル)である。2006年には内馬場に6ハロンのシュートコースが作られ、短距離戦開催を強化した。

2005年には芝馬場の張り替えを行い、春季・夏季は万全の状態で芝競走を開催していた。しかし秋になると開催できなくなり、同年の秋季の芝競走はすべて中止となってしまった。

カリフォルニア州の新たに制定した競馬運営ガイドラインに沿って、他の競馬場に先駆けて2006年よりクッショントラック素材を用いたオールウェザーコース(全天候型馬場)を導入している。運用直後の2006年11月に、馬場面が不均一になるという不具合が発生したため一時運用を休止した。

関連項目 編集

  • 京都大賞典 - 1966年から1973年まで「ハリウッドターフクラブ賞」の名称で行われていた。これは1965年6月にニューヨークで行われたNASRC(北米州競馬委員全国協会)年次総会に日本中央競馬会の理事が出席、その後ハリウッドパーク競馬場を訪れ、これを機会に日本中央競馬会賞競走が創設されたことに対する返礼として行われていた[6][7]

脚注 編集

  1. ^ ハリウッドパーク競馬場再開発で競馬場消滅の危機 - JAIR・海外競馬ニュース
  2. ^ a b Hollywood Park Project OK'd in Inglewood - bloodhorse.com(英語)
  3. ^ Call to the post: Hollywood Park approved for racing dates in 2010 - ロサンゼルス・タイムズ(英語)
  4. ^ ハリウッドパーク競馬場、12月に閉場(アメリカ) - JAIR・海外競馬ニュース
  5. ^ ハリウッドパーク競馬場、12月に閉場(英文) - www.bloodhorse.com
  6. ^ 日本中央競馬会総務部(編集)『日本中央競馬会20年史』1976年、322頁。 
  7. ^ 『日本中央競馬会50年史』日本中央競馬会、2005年、70,72頁。 

外部リンク 編集