ピルビン酸(ピルビンさん、Pyruvic acid)は有機化合物で、カルボン酸の一種。IUPAC命名法2-オキソプロパン酸 (2-oxopropanoic acid) と表される。α-ケトプロピオン酸 (α-ketopropionic acid) あるいは焦性ブドウ酸 (pyroracemic acid) とも呼ばれる。水、エタノール、エーテルなど、さまざまな極性溶媒無極性溶媒と任意な比率で混和する。酢酸に似た酸味臭を示す。2位のカルボニル基を還元すると乳酸となる。

ピルビン酸
識別情報
CAS登録番号 127-17-3
PubChem 1060
ChemSpider 1031
UNII 8558G7RUTR
日化辞番号 J2.015J
DrugBank DB00119
KEGG C00022
ChEBI
ChEMBL CHEMBL1162144
特性
化学式 C3H4O3
モル質量 88.06 g/mol
示性式 CH3COCOOH
密度 1.250 g/cm3
融点

11.8 °C, 285 K, 53 °F

沸点

165 °C, 438 K, 329 °F

酸解離定数 pKa 2.50[1]
屈折率 (nD) 1.4138 (20 ℃)
関連する物質
その他の陰イオン ピルビン酸イオン
   
関連するケト酸カルボン酸 酢酸
グリオキシル酸
シュウ酸
プロピオン酸
アセト酢酸
関連物質 プロピオンアルデヒド
グリセルアルデヒド
メチルグリオキサール
ピルビン酸ナトリウム
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

生体内では解糖系による糖の酸化で生成する。

ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体の作用により補酵素Aと結合するとアセチルCoAとなり、クエン酸回路脂肪酸合成系に組み込まれる。

また、グルタミン酸からアミノ基を転移されるとアラニンになる。

化学 編集

1834年、テオフィル=ジュール・ペルーズ酒石酸L-酒石酸)およびブドウ酸(D-およびL-酒石酸の混合物)を蒸留し、焦性酒石酸(メチルコハク酸[2])およびもう一種の酸を単離した。後者は翌年イェンス・ヤコブ・ベルセリウスが分析を行い、焦性(pyro)+ラテン語でブドウ(uva)+酸(-ic acid)からピルビン酸(Pyruvic acid)と命名した[3]。ピルビン酸は、酢酸に似た臭いの無色液体であり、混和する。実験室では、ピルビン酸は酒石酸および硫酸水素カリウムの混合物の加熱や[4]、強力な酸化剤(例えば過マンガン酸カリウム漂白剤)によるプロピレングリコール酸化塩化アセチルシアン化カリウムの反応によって得られるシアン化アセチルの加水分解などによって調製される。

 
 

生化学 編集

ピルビン酸は生化学において重要な化合物である。ピルビン酸は解糖系として知られるグルコースの嫌気性代謝の生産物である[5]。グルコース1分子はピルビン酸2分子へと分解し[5]、ピルビン酸はさらにエネルギーを得るため2つの方法で使われる。ピルビン酸は、クレブス回路として知られる一連の反応の主要な材料であるアセチル補酵素Aへと変換される。また、ピルビン酸は補充反応によってオキサロ酢酸へ変換される。オキサロ酢酸はクレブス回路の中間体を補充し、糖新生にも使用される。これらの反応は、代謝過程の研究でフリッツ・アルベルト・リップマンと共に1953年のノーベル生理学・医学賞を受賞したハンス・アドルフ・クレーブスに因んで命名された。この回路はまた、クエン酸がこれらの反応中の中間体として生成するため、クエン酸回路あるいはトリカルボン酸 (TCA) 回路としても知られている。

十分な酸素が供給されない場合、ピルビン酸は嫌気的に分解され、動物では乳酸植物微生物ではエタノールが生成する。解糖系からのピルビン酸は乳酸発酵において乳酸脱水素酵素補酵素NADHを用いて、あるいはアルコール発酵においてアセトアルデヒド、さらにエタノールへと変換される。

ピルビン酸は代謝経路ネットワークの鍵となる物質である。ピルビン酸は糖新生によって炭水化物アセチルCoAを介して脂肪酸あるいはエネルギー、アミノ酸アラニンエタノールへと変換することができる。

 
血液検査の参考基準値。ピルビン酸(中央付近にスミレ色で示されている)の血中含量をその他の成分と比較している。

ピルビン酸誘導体のブロモピルビン酸は、抗がん剤候補として研究されている(ワールブルク仮説を参照)。

解糖系によるピルビン酸の産生 編集

解糖系において、ホスホエノールピルビン酸 (PEP) はピルビン酸キナーゼによってピルビン酸へと変換される。この反応は自発的かつ不可逆的である。糖新生では、ピルビン酸からPEPへの逆変換を触媒するために、ピルビン酸カルボキシラーゼホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼの2種の酵素が使われる。

ホスホエノールピルビン酸 ピルビン酸キナーゼ ピルビン酸
     
ADP ATP
 
ADP ATP
 
  ピルビン酸キナーゼ

アセチルCoAへの脱炭酸 編集

ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体によるピルビン酸脱炭酸反応アセチルCoAを産生する。

ピルビン酸 ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体 アセチルCoA
     
CoA + NAD+ CO2 + NADH + H+
 
 
 

オキサロ酢酸へのカルボキシル化 編集

ピルビン酸カルボキシラーゼによるカルボキシル化はオキサロ酢酸を産生する。

ピルビン酸 ピルビン酸カルボキシラーゼ オキサロ酢酸
     
ATP + CO2 ADP + Pi
 
 
 

アラニンへのアミノ基転移 編集

アラニントランスアミナーゼによるアミノ基転移でアラニンが産生する。

ピルビン酸 アラニントランスアミナーゼ アラニン
     
グルタミン酸 α-ケトグルタル酸
 
グルタミン酸 α-ケトグルタル酸
 
 

乳酸への還元 編集

乳酸脱水素酵素による還元で乳酸が産生する。

ピルビン酸 乳酸脱水素酵素 乳酸
     
NADH NAD+
 
NADH NAD+
 
 

双方向伝達経路地図 編集

以下の遺伝子、タンパク質、代謝それぞれの記事をクリックできる [6]

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クエン酸回路 編集

脚注 編集

  1. ^ Dawson, R. M. C. et al., Data for Biochemical Research, Oxford, Clarendon Press, 1959.
  2. ^ Thomson, Thomas (1838). “II. Of fixed acids Section”. Chemistry of organic bodies, vegetables. London: J. B. Baillière. p. 65. https://books.google.co.jp/books?id=Wq45AAAAcAAJ&pg=PA65&redir_esc=y&hl=ja#v=onepage&q&f=false 2010年12月1日閲覧。 
  3. ^ Thorpe, Sir Thomas Edward (1922). “Glutaric acid”. A dictionary of applied chemistry. 3. London: Longmans, Green, and Co.. pp. 426–427. https://books.google.co.jp/books?id=MgA5AAAAIAAJ&pg=PA426&redir_esc=y&hl=ja#v=onepage&q&f=false 2010年12月1日閲覧。 
  4. ^ Organic Syntheses, Coll. Vol. 1, p.475 (1941); Vol. 4, p.63 (1925)[1]
  5. ^ a b Lehninger, Albert L.; Nelson, David L.; Cox, Michael M. (2008). Principles of Biochemistry (5th ed.). New York, NY: W.H. Freeman and Company. p. 528. ISBN 978-0-7167-7108-1 
  6. ^ この双方向伝達経路地図はWikiPathwaysで編集できる: TCA_Cycle_WP78, http://www.wikipathways.org/index.php/Pathway:WP78