フィラデルフィア市長

アメリカ合衆国のペンシルベニア州フィラデルフィアの市長の一覧

フィラデルフィア市長(英語:Mayor of Philadelphia)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアの市長であり、フィラデルフィア市憲章において最高経営責任者として規定されている。

フィラデルフィア市長
Mayor of Philadelphia
フィラデルフィア市旗
現職者
ジム・ケニー英語版

就任日 2016年1月4日
任期4年
初代就任ハンフリー・モーレイ
創設1691年
ウェブサイトOffice of the Mayor

歴史 編集

初代市長ハンフリー・モーレイは市の創設者ウィリアム・ペンからの任命を受けた。2代目のエドワード・シッペンは、ペンより1701年憲章下の最初の市長として任命された。その後フィラデルフィア市議会からさらに2期選出され、その後の市長は市議会により選出された。

如何なる対価も払われない為、候補者の中には市長となるよりは罰金を支払った方がマシだと強く嫌がるものも多かった。1704年にはグリフィス・ジョーンズ市会議員が選出されたが、市長就任を拒否して20ポンドの罰金を科された。1706年のトーマス・ストーリー議員が罰金を科せられ、1745年のアブラハム・テイラー議員は30ポンドの罰金を科せられた。なお以下の者も同様に罰金を科された[1]

  • ジョセフ・ターナー
  • リチャード・ヒル(1717)
  • アイザック・ノリス(1722)
  • ジョン・フリン
  • アレクサンダー・ステッドマン(1758)
  • サミュエル・ミフリン (1761)
  • ウィリアム・コックス
  • ダニエル・ベネゼット(1762)
  • ジョン・バークレイ
  • ジョージ・ロバーツ(1792)
  • ロバート・ウォートン(1800年と1811年は拒否したが、その後14年市長を務めて[2]最長記録となっている[3]。)

1747年にウィリアム・アトウッドの引退時の要請で、市議会は100ポンドの年俸支給を決定した。[1]しかし、同年にアンソニー・モリスが選出を避け、密かにバックス郡に逃亡して3日後見つからず、再選挙でアトウッドが2期目を務めることになった。

1826年以降市議会はフィラデルフィア全市民を市長に選出可能になった。1839年から一般投票による選出となった。一般投票の過半数を獲得する候補者が無かった場合は協議会が2大有力候補の中から決めることになる。一般投票で選出された市長はジョン・スウィフト(1840年選出)が初である。

任期は1854年に2年・1861年に3年・1885年に4年となった。1951年に2期で連続には制限が掛かった。

市長一覧 編集

氏名 任期 政党
ハンフリー・モーレイ 1691–1701
エドワード・シッペン 1701–1703
アンソニー・モリス 1703–1704
グリフィス・ジョーンズ 1704–1705
ジョセフ・ウィルコックス 1705–1706
ネイサン・スタンバリー 1706–1707
トーマス・マスターズ 1707–1709 (1年を2期)
リチャード・ヒル 1709–1710
ウィリアム・カーター 1710–1711
サミュエル・プレストン 1711–1712
ジョナサン・ディキンソン 1712–1713
ジョージ・ロッホ 1713–1714
リチャード・ヒル 1714–1717 (1年を3期)
ジョナサン・ディキンソン 1717–1719 (2期、1年を2期)
ウィリアム・フィッシュボウン 1719–1722 (1年を3期)
ジェームズ・ローガン 1722–1723
クレメント・プラムステッド 1723–1724
アイザック・ノリス 1724–1725
ウィリアム・ハドソン 1725–1726
チャールズ・ リード 1726–1727
トーマス・ローレンス 1727–1729 (1年を2期)
トーマス・グリフィッツ 1729–1731 (1年を2期)
サミュエル・ヘイゼル 1731–1733 (1年を2期)
トーマス・グリフィッツ 1733–1734 (2期)
トーマス・ローレンス (I) 1734–1735 (2期)
ウィリアム・アレン 1735–1736
クレメント・プラムステッド 1736–1737 (2期)
トーマス・グリフィッツ 1737–1738 (3期)
アンソニー・モリス 1738–1739
エドワード・ロバーツ 1739–1740
サミュエル・ヘイゼル 1740–1741 (2期)
クレメント・プラムステッド 1741–1742 (3期)
ウィリアム・ティル 1742–1743
ベンジャミン・シューメーカー 1743–1744
エドワード・シッペン (II) 1744–1745
ジェームズ・ハミルトン 1745–1746
ウィリアム・アトウッド 1746–1748 (1年を2期)
チャールズ・ウィリング 1748–1749
トーマス・ローレンス (I) 1749–1750 (3期)
ウィリアム・プラムステッド 1750–1751
ロバート・ストレテル 1751–1752
ベンジャミン・シューメーカー 1752–1753 (2期)
トーマス・ローレンス (I) 1753–1754 (4期)
チャールズ・ウィリング 1754 (2期)
ウィリアム・プラムステッド 1754–1756 (2期、1年を2期)
アトウッド・シュート 1756–1758 (1年を2期)
トーマス・ローレンス (II) 1758–1759
ジョン・スタンパー 1759–1760
ベンジャミン・シューメーカー 1760–1761 (3期)
ジェイコブ・デュシェ・シニア 1761–1762
ヘンリー・ハリソン 1762–1763
トーマス・ウィリング 1763–1764
トーマス・ローレンス(II) 1764–1765 (2期)
ジョン・ローレンス 1765–1767 (1年を2期)
アイザック・ジョーンズ 1767–1769 (1年を2期)
サミュエル・シューメーカー 1769–1771 (1年を2期)
ジョン・ギブソン 1771–1773 (1年を2期)
ウィリアム・フィッシャー 1773–1774
サミュエル・ローズ 1774–1775
サミュエル・パウエル 1775–1776
(vacant) 1776–1789
サミュエル・パウエル 1789–1790 (2期)
サミュエル・マイルズ 1790–1791
ジョン・バークレイ 1791–1792
マシュー・クラークソン 1792–1796 (1期を4年)
ヒラリー・ベイカー 1796–1798 (1年を2期)
ロバート・ウォートン 1798–1800 (1年を(2期、)
ジョン・インスキープ 1800–1801
マシュー・ローラー 1801–1805 (1期を4年)
ジョン・インスキープ 1805–1806 (2期)
ロバート・ウォートン 1806–1808 (2期, 1年を2期)
ジョン・バーカー 1808-1810 (1年を2期)
ロバート・ウォートン 1810–1811 (3期)
マイケル・ケッペル 1811–1812
ジョン・バーカー 1812–1813 (2期)
ジョン・ガイヤー 1813–1814
ロバート・ウォートン 1814–1819 (4期、1年を5期)
ジェームズ・ネルソン・バーカー 1819–1820
ロバート・ウォートン 1820–1824 (5期、1期を4年)
ジョセフ・ワトソン 1824–1828 (1期を4年)
ジョージ・ダラス 1828–1829
ベンジャミン・ウッド・リチャーズ 1829
ウィリアム・ミルナー 1829–1830
ベンジャミン・ウッド・リチャーズ 1830–1831 (2期)
ジョン・スウィフト 1832–1838
アイザック・ローチ 1838–1839
ジョン・スウィフト 1839–1841 (2期、 1年を2期)
ジョン・モリン・スコット 1841–1844 ホイッグ党
ピーター・マッコール 1844–1845
ジョン・スウィフト 1845–1849 ホイッグ党 (3期)
ジョエル・ジョーンズ 1849–1850
チャールズ・ギルピン 1850–1854 ホイッグ党
ロバート・T.コンラッド 1854–1856 ホイッグ党
リチャード・ヴォー 1856–1858 民主党
アレキサンダー・ヘンリー 1858–1866 People's Party, National Union Party[4]
モートン・マクマイケル 1866–1869 共和党
ダニエル・フォックス 1869–1872 民主党
ウィリアム・ストラムバーグ・ストックリー 1872–1881 共和党
サミュエル・ジョージ・キング 1881–1884
ウィリアム・バーンズ・スミス 1884–1887 共和党
エドウィン・ヘンリー・フィットラー 1887–1891 共和党 (ここから1期4年)
エドウィン・シドニー・スチュアート 1891–1895 共和党
チャールズ・フランクリン・ワーウィック 1895–1899 共和党
サミュエル・ハウエル・アシュブリッジ 1899–1903 共和党
ジョン・ウィーバー 1903–1907 共和党
ジョン・E・レイバーン 1907–1911 共和党
ルドルフ・ブランクンバーグ 1911–1916 共和党 (無所属)、キーストン民主党より選出[5]
トーマス・B・スミス 1916–1920 共和党
J.ハンプトン・ムーア 1920–1924 共和党
W.フリーランド・ケンドリック 1924–1928 共和党
ハリー・アリスタ・マッキー 1928–1931 共和党
J.ハンプトン・ムーア 1932–1936 共和党 (2期)
サミュエル・デイビス・ウィルソン 1936–1939 共和党 (在職中に死去)
ジョージ・コネル 1939–1940 ウィルソンの代理
ロバート・ランバートン 1940年1月1日 - 1941年8月22日 共和党 (任期中に死亡)
ベルナール・サミュエル 1941年8月22日 - 1952年1月7日 共和党
ジョセフ・S・クラーク 1952年1月7日 - 1956年1月2日 民主党
リチャードソン・ディルワース 1956年1月2日 – 1962年2月12日 民主党
ジェームス・ヒュー・ジョセフ・テイト 1962年2月12日 - 1972年1月3日 民主党
フランク・L・リッツォ 1972年1月3日 - 1980年1月7日 民主党
ウィリアム・J・グリーン3世 1980年1月7日 - 1984年1月2日 民主党
ウィルソン・グード 1984年1月2日 - 1992年1月6日 民主党
エド・レンデル 1992年1月6日 - 2000年1月3日 民主党
ジョン・F・ストリート 2000年1月3日 - 2008年1月7日 民主党
マイケル・ナッター 2008年1月7日 - 2016年1月4日 民主党
ジム・ケニー英語版 2016年1月4日 - 2024年1月4日 民主党
シェレル・パーカー英語版 2024年1月4日 - 現在 民主党

参考文献 編集

  1. ^ a b John Thomas Scharf, Thompson Westcott, History of Philadelphia, 1609–1884, Lippincott, Phila., 1884.
  2. ^ 拒否も含めて16回である。
  3. ^ Committee of Seventy's Historical List of Philadelphia Mayors
  4. ^ Weigley RF et al. (eds): (1982). Philadelphia: A 300-Year History. New York and London: W. W. Norton & Company英語版. pp. 389, 405. ISBN 0-393-01610-2 
  5. ^ A "fusion between the Democracic party and the Keystone party, which had been organized [in 1909] to combat alleged political corruption in State and city..." [Story of Philadelphia. Joyce, J. St. George, ed. Harry B. Joseph:1919; p. 300.]

外部リンク 編集