ブランカ・デ・ナポレス

ブランカ・デ・ナポレス(Blanca de Nápoles, 1280年 - 1310年10月14日)は、アラゴンハイメ2世の2番目の王妃。ナポリカルロ2世と王妃マリアの娘。イタリア語名はビアンカ・ディ・ナポリ(Bianca di Napoli)またはビアンカ・ダンジョ(Bianca d'Angiò)。兄にナポリ王ロベルトがいる。

ブランカ・デ・ナポレス
Blanca de Nápoles
アラゴン王妃
シチリア王妃
在位 アラゴン王妃:1295年 - 1310年
シチリア王妃:1295年 - 1296年

出生 1280年
シチリア王国ナポリ
死去 1310年10月14日
アラゴン連合王国
カタルーニャ君主国バルセロナ
埋葬 アラゴン連合王国
カタルーニャ君主国タラゴナ、サンタス・クレウス修道院
結婚 1295年10月29日 ヴィラベルトラン
配偶者 アラゴンハイメ2世
子女 本文参照
家名 アンジュー=シチリア家
父親 ナポリカルロ2世
母親 マリア・ドゥンゲリア
宗教 ローマ・カトリック
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生涯 編集

1295年10月29日にハイメ2世と結婚した。当時ハイメはシチリア王も兼ねていたが、翌1296年に弟フェデリーコ2世が代わってシチリア王位についた[1]。1297年にはブランカの兄ロベルトがハイメの妹ビオランテ(ヨランダ)[2]、1302年にはブランカの妹エレオノーラがフェデリーコ2世とそれぞれ結婚している[3]

ブランカとハイメ2世との間には10人の子が生まれた。

脚注 編集

  1. ^ クアトリーリオ、p. 70
  2. ^ クアトリーリオ、p. 71
  3. ^ Louda & Maclagan, p. 93

参考文献 編集

  • ジュゼッペ・クアトリーリオ 『シチリアの千年』 新評論、1997年
  • Jiří Louda, Michael Maclagan, Lines of Succession, Little,Brown & Company, 1981.