ラ・ヴァルス

モーリス・ラヴェルによる管弦楽曲

管弦楽のための舞踏詩『ラ・ヴァルス』(: La Valse, Poème chorégraphique pour orchestre )は、モーリス・ラヴェル1919年12月から1920年3月にかけて作曲した管弦楽曲。作曲者自身によるピアノ2台用やピアノ独奏用の編曲版もある。タイトルの「ラ・ヴァルス」とは、フランス語ワルツ(「ラ」は定冠詞)のことであり、19世紀末のウィンナ・ワルツへの礼賛として着想された。ラヴェルの親友であったピアニスト、ミシア・セール(Misia Sert、1872年 - 1950年)に献呈されている。

メディア外部リンク
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音楽・音声
Ravel: La Valse, M.72 - シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。Universal Music Group提供のYouTubeアートトラック。
La valse - ロリン・マゼール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。RCA Red Seal提供のYouTubeアートトラック。
映像
ジャン=クリストフ・スピノジ指揮
アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮
パブロ・エラス=カサド指揮
以上演奏3本いずれもhr交響楽団による演奏。hr交響楽団公式YouTube。
Ravel:La Valse - ミッコ・フランク指揮フランス放送フィルハーモニー管弦楽団による演奏。France Musique公式YouTube。

作曲の経緯 編集

オーケストラのためにワルツを作曲するという発想は、『スペイン狂詩曲』よりも古くからあり[1]、事実、ラヴェルは1906年2月の批評家マルノルド(Jean Marnold)への手紙に、ヨハン・シュトラウス2世へのオマージュとして交響詩風のウィンナワルツを書くという構想を披露している[2]

その後、1914年頃には、交響詩ウィーン』という題名が浮上していたが、おそらく第一次世界大戦のため[2]、未完に終わった。この間に作曲された1912年の作品『高雅で感傷的なワルツ』は「オーケストラによるワルツ」を実現しているものの、これは元来シューベルトに倣った連作ワルツの体裁のピアノ曲として1911年に完成されたものを、バレエ『アデライード、または花言葉』のために管絃楽曲に編曲したという経過を辿ったものである。

ラヴェルは第一次世界大戦中に健康を害し、1917年1月には母の死というショックに見舞われる。このため、同年に完成された『クープランの墓』を除けば3年間にわたって実質的な新作が生まれなかった。ラヴェルが再び創作に取り組むのは『ラ・ヴァルス』に本格的に着手してからである[3]

バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のダンサーであったセルジュ・リファールによれば、1917年、バレエ・リュスの主宰者セルゲイ・ディアギレフはラヴェルを訪問して新しいバレエ音楽の作曲を依頼し、ラヴェルはこれを了承したとされる[2]。しかし、曲はただちには完成せず、『ラ・ヴァルス』の作曲は1919年から1920年にかけて行われた。

ラヴェルは完成した舞踊詩『ラ・ヴァルス』の2台ピアノ版を、ディアギレフのパトロンであったミシア・セールの邸宅において、マルセル・メイエールとともに演奏してディアギレフに聴かせた。その場にはバレエ・リュスの振付家・ダンサーのレオニード・マシーンや作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーフランシス・プーランクが居合わせた。プーランクの証言によれば、演奏を聴き終わったディアギレフは、『ラ・ヴァルス』が傑作であることは認めつつも、バレエには不向きな「バレエの肖像画、バレエの絵」であるとして、受け取りを拒否し[4]、これ以来ラヴェルとディアギレフは不仲となった[2]

初演 編集

原曲に先立ち、2台ピアノ版が1920年10月23日にウィーンにおいて、アルフレード・カゼッラとラヴェルによって初演され、2か月後の1920年12月12日パリにおいて、原曲の管弦楽版がカミーユ・シュヴィヤール指揮ラムルー管弦楽団によって初演された。

当初意図していた舞踊音楽としての初演は定かではないが、ラヴェルの『自伝素描』によれば、1928年10月の時点でアントウェルペンの劇場とイダ・ルービンシュタインの舞踊団だけが上演していた。オペラ座初演もルービンシュタインの舞踊団(振付師はブロニスラヴァ・ニジンスカヤ)によって行われたが、その日付については1928年11月20日1929年5月23日の2説がありはっきりしない[2]

曲の概要 編集

ラヴェルは初版に、次のような標題を寄せている。

渦巻く雲の中から、ワルツを踊る男女がかすかに浮かび上がって来よう。雲が次第に晴れ上がる。と、A部において、渦巻く群集で埋め尽くされたダンス会場が現れ、その光景が少しずつ描かれていく。B部のフォルティッシモでシャンデリアの光がさんざめく。1855年ごろのオーストリア宮廷が舞台である。

この文章が示唆するように、曲はまず低弦のトレモロによる混沌とした雰囲気に始まり、徐々にワルツのリズムとメロディが顔を出す。一旦賑やかにワルツとしての形を整えた後、ゆったりとした新たな主題が出て、いかにもワルツらしい雰囲気を積み重ねていく。

しかし展開が進むに連れて徐々にワルツらしいリズムが崩れ始め、テンポが乱れてくる。転調を繰り返し、リズムを破壊して進み、冒頭の主題が変形されて再現された後、最後の2小節で無理やり終止する。

演奏時間 編集

映像外部リンク
編曲版(二台ピアノ、ソロピアノ)
  ラヴェル自身による二台ピアノ版 - アリス=紗良・オットフランチェスコ・トリスターノによる演奏、ドイツ・グラモフォン公式YouTubeチャンネル。
  ラヴェル自身によるピアノソロ版 - 藤田真央による演奏、ドイツ・グラモフォン公式YouTubeチャンネル。
  グレン・グールドによるピアノソロ版[注 1] - グレン・グールド自身による演奏、グールドの公式YouTubeチャンネル。

約12分

編成 編集

フルート3(3番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コーラングレクラリネット2、バス・クラリネットファゴット2、コントラファゴットホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバティンパニ大太鼓小太鼓タンブリントライアングルシンバルカスタネットクロタル銅鑼グロッケンシュピールハープ2、弦5部

編曲 編集

ラヴェル自身の編曲による2台ピアノ版とピアノ独奏版が存在する。またグレン・グールドによるピアノ独奏版(ラヴェル自身の独奏版をさらに編曲したもの[注 1])も存在する。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ a b グレン・グールド本人が"my transcription of Ravel's transcription of La Valse"(「ラ・ヴァルスのラヴェルによる[ピアノへの]編曲をさらに私が編曲したもの」)と説明している[5]

出典 編集

  1. ^ 『自伝素描』による(『作曲家別名曲解説ライブラリー11・ラヴェル』音楽之友社、1993年、9ページ)。
  2. ^ a b c d e 『最新名曲解説全集(6)・管弦楽III』音楽之友社、1980年
  3. ^ 『作曲家別名曲解説ライブラリー11・ラヴェル』音楽之友社、1993年、9ページ
  4. ^ ステファヌ・オーデル編『プーランクは語る 音楽家と詩人たち』筑摩書房、1994年、169-171ページ
  5. ^ ケビン・バザーナ英語版 (2018年10月). “Ask Kevin”. グレン・グールド財団英語版. 201-09-03時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月10日閲覧。

外部リンク 編集