上橋菜穂子

日本の小説家

上橋 菜穂子(うえはし なほこ、1962年7月15日 - )は、日本東京都生まれの児童文学作家、ファンタジー作家、SF作家文化人類学者。日本児童文学者協会会員。父は洋画家の上橋薫[1]

上橋 菜穂子
(うえはし なほこ)
誕生 (1962-07-15) 1962年7月15日(61歳)
東京都
職業 小説家文化人類学
国籍 日本の旗 日本
教育 博士(文学)(立教大学、2007年)
最終学歴 立教大学文学部卒業、大学院博士課程(後期課程)単位取得退学
活動期間 1989年 -
ジャンル 児童文学
代表作守り人シリーズ』、『獣の奏者シリーズ』
主な受賞歴 日本児童文学者協会新人賞(1992年)
野間児童文芸新人賞(1996年)
産経児童出版文化賞ニッポン放送賞(1997年)
日本児童文学者協会賞(2000年)
路傍の石文学賞(2001年)
巖谷小波文芸賞(2002年)
小学館児童出版文化賞(2003年)
野間児童文芸賞(2004年)
国際アンデルセン賞(2014年)
本屋大賞(2015年)
吉川英治文庫賞(2023年)
デビュー作 『精霊の木』
ウィキポータル 文学
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川崎市立井田小学校卒業後、香蘭女学校中学校・高等学校[2] を経て、立教大学文学部史学科卒業、1993年同大学院博士課程(後期課程)単位取得退学。2007年に「ヤマジー英語版 : ある「地方のアボリジニ」のエスニック・アイデンティティの明確化と維持について」で立教大学で博士(文学)の学位を取得。女子栄養大学助手、武蔵野女子短期大学(→武蔵野女子大学短期大学部を経て現・武蔵野大学)非常勤講師、川村学園女子大学講師、助教授、同大学児童教育学科教授、2012年10月には、特任教授として教育学部児童教育学科で児童文学を担当している[3]

経歴 編集

幼少の頃から父方の祖母から、多くの民話を聞いて成長する。両親は多くの本を読んでくれ、母からは『モモちゃんとプー』、『もじゃもじゃペーター』、父からは『西遊記』、『水滸伝』。初めて自分で選んだ本は『王様の剣』だった。多くの物語を読むとともに幼い時から物語を作ることを目指していた[4]

母方の祖母の家が野尻湖にあったが、小学校5、6年の自由研究で、野尻湖でのナウマンゾウヤベオオツノジカの化石発見について文章を書く。野尻の山で木の葉の化石や、手の跡のある縄文土器を見つけ、生き物はいずれ死んで物だけが残る寂しさを感じる[4]

武術経験もあり、古武道を習っていたこともある[5]

東京都品川区の香蘭女学校で中高一貫教育を受ける。中学生になると海外のファンタジーを読むようになり、ローズマリー・サトクリフの歴史小説に最も大きな衝撃を受け(一番衝撃を受けた作品は『運命の騎士』)、一定の読書傾向ができる[6]。高校時代にはトールキンの『指輪物語』に夢中になった[6]。高校生のとき英国へ21日間学習旅行に行き、児童文学作家のルーシー・M・ボストンを訪問し古い英国の屋敷と生活を知る[4]。文化人類学者シオドーラ・クローバーイシ 二つの世界を生きたインディアンの物語』を読み、白人の中での先住民の孤立に衝撃を受ける[4]。高校2年の文化祭で原作・脚本・出演の西欧中世悲劇『双子星座』を自主上演、在学中に何度か同級生となった片桐はいりの初舞台ともなる[2]。同学年で旺文社の文芸コンクールで『天の槍』を書き佳作となる[2]手塚治虫萩尾望都などの漫画を読んでおり[4]、高校3年では漫画家になろうとしていたが、結局は作家を目指す[4]

大学は史学科だったが、山口昌男『アフリカの神話的世界』でアフリカ神話に衝撃を受け、文化人類学を学び、大学院に進む[4]。高校か大学の頃にパトリシア・ライトソンアボリジニを題材にしたファンタジー『星に叫ぶ岩ナルガン』(The Nargun and the Stars)に出会い惚れ込む[6]。アボリジニの研究のために訪れたオーストラリアで、インターンシップとして小学校で日本文化を教えたのをはじめに、長年にわたりフィールドワークを行い食事や労働を共にした。この経験は小説の作風にも大きな影響を及ぼしている。大学院まではアニメが大好きで、『伝説巨神イデオン』や『風の谷のナウシカ』などのファンだったが、フィールドワークが忙しくなり観なくなる[4]

1989年『精霊の木』で児童文学作家としてデビューする[7]。トールキンがヨーロッパをベースに中つ国を創造したように、東洋、中央アジアをベースにしたファンタジーを書きたいという思いから、日本を舞台に『月の森に、カミよ眠れ』(1991年)を執筆、1992年に日本児童文学者協会新人賞を受賞し、同時期の荻原規子たつみや章と並んで日本古代を題材とした日本的ファンタジーの書き手として注目を浴びる。

1996年精霊の守り人』で独自の異世界を舞台にした女用心棒を主人公にしたハイ・ファンタジー作品を発表する。同作で、野間児童文芸新人賞産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞する。2008年6月には、英訳も出版された。以後、『守り人シリーズ』として書き継いでいくことになる。『守り人シリーズ』は中央アジアの民俗の見聞が大きいと述べている。『闇の守り人』で第40回日本児童文学者協会賞2002年には『守り人シリーズ』で第25回巖谷小波文芸賞を受賞する。『神の守り人』で小学館児童出版文化賞を受賞する。

また再び古い日本を舞台にした『狐笛のかなた』で野間児童文芸賞受賞、産経児童出版文化賞推薦作品となる。

近年(2007年時点)、押井守監督のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』をテレビで見て高く評価し、その後、神山健治が監督するテレビシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を視聴しハマる。後にアニメ化された『精霊の守り人』の監督も偶然同じ神山健治だったという[8]

2012年5月設立の河合隼雄物語賞の選考委員となる[9]

2020年4月3日、我孫子市名誉市民に決定[10]

精霊の守り人』、『獣の奏者』(アニメ番組名『獣の奏者エリン』)のアニメ化の際は企画段階から監修者として参加。『獣の奏者』では、この時の製作者側の詳細な質問に答える中で、主人公が再度自分の中で動き出すとともに物語に謎と続きがあることが分かり、『III 探求編』と『IV 完結編』が生まれた。

人物・創作 編集

物語を書くときは、最初は断片的なイメージ「物語の玉」から始まり、これがつながり合い、どんどん次の場面が浮かび物語ができていく。ラストのイメージがない時は怖くて書き出せないが、最初に思い浮かんだそのラストも書き進めていくうちに変わってしまうと述べている[11]

荻原規子の勾玉三部作やJ・K・ローリングハリーポッター以前は、児童文学では長い作品の出版は難しかった。そのため文章を短く書かなければという気持ちが強く、文章やエピソードをそぎ落として書いていた。情景や食べ物の描写がつい長くなってしまうが、そういったものを削る文章の修行になった[11]

ネットでは自分の作品が、荻原規子がエンデを分類していた「思考型」にされていたことがあるが、これは違うと思うという。端的に表現できないからこそ長々と書くのであり、要約できそうな作品は評論しやすく、批評家受けはいいが、自分の好きな物語ではないとしている。描かれた世界に入っていけそうなイギリスのファンタジーを好む。逆にミヒャエル・エンデなどの、作品を読んでいると作者自身と鉢合わせてしまうようなドイツの観念的なファンタジーが苦手であり、子供の頃から物語を理屈や思想に奉仕させてはいけないと思っていた[11]

文化人類学を志したきっかけとして、「自分が生きている世界を知りたいという気持ち」「異なる文化を持った人たちがコミュニケーションをするときに、経済以外のファクターというのは、なんなのだろうかというのがある」と述べている[11]

国同士の駆け引きが好きで、国同士、為政者と民の関係など、「いろんな関係性の網の目の中で物事が動いていく、その瞬間をとらえたいというのがある」という。広い意味での「政治」を描くことは大事だが、政治だけの話だと感じられるようなものは自分の好きな「物語」ではない、もう一つ別の層が必要だと語っている[11]

自身の研究対象であるアボリジニについては、物語にしたくないと感じるという。世界が二つあり互いにつながり影響し合うという自作の世界観はアボリジニの世界観に近いものあり、影響があるかもしれないが、アボリジニの文化は彼ら自身の商品ともいえるもので、外部の人間が手を付けることは搾取になることや、距離感がつかめず書き方が分からないことから、アボリジニ的なものは意識して外していると述べている[6]

運動が苦手なのに、昔から滾るような激しい暴力衝動があり、高校生の頃は体育準備室のマットを殴り手を青あざだらけにしていた。武器が好きだったり作品に戦闘シーンが多いのはそのせいで、もし運動ができて発散できていたら、これほどこういったシーンが書きたいと思わなかったと思う、と述べている[11]

文化人類学者の親(アルフレッド・L・クローバーシオドーラ・クローバー)を持つアーシュラ・K・ル=グウィンの著作を愛するとともに、縁を感じる旨を表明している[12]

ファンとの交流を大切にしており、サイン会・講演会なども頻繁に行う。

文学賞受賞歴・候補歴等 編集

著作 編集

守り人シリーズ 編集

  • 精霊の守り人
    • 初版(偕成社、1996年7月、ISBN 978-4-03-540150-6) - 挿絵は二木真希子が担当。
    • 軽装版(偕成社、2006年11月、ISBN 978-4-03-750020-7
    • 文庫版(新潮社、2007年3月、ISBN 978-4-10-130272-0
  • 闇の守り人
  • 夢の守り人
  • 虚空の旅人
  • 神の守り人 <上> 来訪編
  • 神の守り人 <下> 帰還編
  • 蒼路の旅人
  • 天と地の守り人 <第1部> ロタ王国編
  • 天と地の守り人 <第2部> カンバル王国編
  • 天と地の守り人 <第3部> 新ヨゴ皇国編
  • 流れ行く者 守り人短篇集
  • <守り人>のすべて 守り人シリーズ完全ガイド』- 短編『春の光』が収載
  • 炎路を行く者 -守り人作品集-
  • 風と行く者:守り人外伝

獣の奏者 編集

単行本・文庫・青い鳥文庫・電子書籍の4形態で出版されている。紙媒体は全て講談社から発売。

単行本版の装画は浅野隆広、装丁は坂川栄治+田中久子(坂川事務所)。文庫本版の装画は原島順、装丁は樋口真嗣

分冊
青い鳥文庫が発売。『I 闘蛇編』『II 王獣編』『III 探求編』『IV 完結編』の内容をそれぞれ2巻ずつ8冊に分冊。
<1 - 4><5 - 8>をそれぞれ2ヶ月間隔で刊行した。
挿絵は武本糸会が担当。
電子書籍版
iOSアプリ形式
I 闘蛇編』の序章のみ試読可能な"ガワ"をインストール後、アプリ内で各巻を購入・ダウンロードするカートリッジ方式。
2013年5月現在、『I 闘蛇編』『II 王獣編』のみ購入可能。
ePub形式 (iBookstore)
2013年3月より、I - IV巻の一斉取り扱い開始。
ドットブック形式(Windows・iOS・Andriod対応)
2012年10月現在、電子文庫パブリほかにて『IV完結編』まで購入可能。

鹿の王 編集

全てKADOKAWAから発売。

分冊
角川文庫(文庫版)と角川つばさ文庫(新書版)が発売。『(上) 生き残った者』『 (下) 還って行く者』の内容をそれぞれ2巻ずつ4冊に分冊。
角川文庫版は2巻ずつ同時発売で、2ヶ月連続刊行された。『水底の橋』は分冊化されていないため、上記に記載。
角川つばさ文庫版の挿絵はHACCANが担当。

香君 編集

文藝春秋から発売。

単発作品 編集

エッセイ他 編集

メディアミックス 編集

ラジオドラマ 編集

  • 『精霊の守り人(第11話から改題し『闇の守り人』)』(NHKFM、「青春アドベンチャー」2006年8月7日 - 2007年4月27日、全20話)
  • 『鹿の王 上 ―生き残った者―』(新刊JP、「新刊ラジオ」2014年9月25日)

漫画 編集

  • 『精霊の守り人』(作画:藤原カムイ、『月刊少年ガンガン』2007年4月号 - 2008年8月号、スクウェア・エニックス)
  • 『ジン〜アニメ精霊の守り人外伝〜』(漫画:麻生我等、脚本:中江美紀、『ヤングガンガン』2008年9号 - 17号、スクウェア・エニックス)
  • 『獣の奏者』(作画:武本糸会、『月刊少年シリウス』2008年12月号 - 2016年3月号、講談社)
  • 『闇の守り人』(作画:結布、『Nemuki+』2014年9月号 - 2018年1月号、朝日新聞出版)
  • 『鹿の王 ユナと約束の旅』(漫画:関口太郎、翻案:「鹿の王」製作委員会、『ヤングエースUP』2021年7月下旬、KADOKAWA)

アニメ 編集

  • 『精霊の守り人』(NHK-BS2、2007年4月7日 - 9月29日、全26話)
  • 『獣の奏者エリン』(NHK教育テレビ、2009年1月10日 - 2009年12月26日、全50話)
  • 『鹿の王 ユナと約束の旅』(2021年9月10日)

テレビドラマ 編集

  • 『精霊の守り人』(NHK総合テレビ、2016年3月19日 - 2018年1月27日、外伝含め全23回)

出演 編集

テレビ 編集

関連文献 編集

  • 雑誌「ユリイカ」 2007年6月号 特集*上橋菜穂子〈守り人〉がひらく世界 青土社 対談「上橋菜穂子×荻原規子」ISBN 978-4-7917-0162-9
  • 物語のかなた―上橋菜穂子の世界 (日本児童文化史叢書 44) 藤本英二 久山社 2010年2月 ISBN 978-4-906563-35-7
  • 「守り人」のすべて 守り人シリーズ完全ガイド 2011年6月 偕成社 短編『春の光』所収 本人との対談:佐藤多佳子、翻訳家:平野キャシー ISBN 978-4-03-750140-2
  • インタビュー「見えない世界との交流を描く」『幻想文学58 特集 女性ファンタジスト2000』、幻想文学企画室 編集、アトリエOCTA、2000年

脚注・出典 編集

  1. ^ 埼玉県図書館協会2012年記念講演 2013年8月5日閲覧
  2. ^ a b c 座談会 上橋菜穂子の世界 2013年8月5日閲覧
  3. ^ 川村学園女子大学講義紹介 2013年8月5日・元ページ閲覧、教員紹介 2015年4月8日・元ページ閲覧
  4. ^ a b c d e f g h 作家の読書道 第95回(2009年9月30日) 2013年8月5日閲覧
  5. ^ a b SWITCH SWITCHインタビュー 達人達(たち)「上橋菜穂子×齊藤慶輔」
  6. ^ a b c d インタビュー「見えない世界との交流を描く」『幻想文学58 特集 女性ファンタジスト2000』、幻想文学企画室 編集、アトリエOCTA、2000年
  7. ^ 上橋 菜穂子『香君 西から来た少女 上』文藝春秋、2022年3月24日、439頁。ISBN 978-4163915159 
  8. ^ 楽天ブックス 著者インタビュー「精霊の守り人」、2007年5月24日
  9. ^ 河合隼雄物語賞サイト
  10. ^ 市制施行50周年記念 青木功さん、上橋菜穂子さんを名誉市民に決定”. 我孫子市役所 (2020年4月3日). 2021年7月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月26日閲覧。
  11. ^ a b c d e f 荻原規子 著、徳間文庫編集部 編集 『〈勾玉〉の世界 荻原規子読本』徳間書店、2010年 「荻原 規子×上橋菜穂子『もう一つの世界』のにおいを求めて」(初出:『ユリイカ』2007年6月号)
  12. ^ どうぞ、安らぎの地へ - 上橋菜穂子 公式ブログ”. uehashi.com (2018年1月24日). 2024年1月12日閲覧。 “同じく高校生の頃に読んで 大きな衝撃を受けた 『イシ ――二つの世界に生きたインディアンの話――』の著者 (この本はいまも、私の背中側にある書棚にあります) シオドーラ・クローバーが ル=グウィンのお母さんであることを 大学時代に知って驚き その後 かの有名な文化人類学者 アルフレッド・クローバーが父であることを知ったときには 驚くというより なるほど、と思いました。 老荘思想や文化人類学など 私が心惹かれてきたことの欠片を 彼女の作品に見つけるたびに なんだか、私の前を、ぐいぐいと遠くまで歩んでいく彼女の背が見えたような気がしたものです。”
  13. ^ 上橋菜穂子氏、“児童文学のノーベル賞”受賞!”. 新潮フラッシュニュース. 新潮社 (2014年3月26日). 2014年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月10日閲覧。
  14. ^ 国際アンデルセン賞 作家賞 受賞!
  15. ^ 「精霊の守り人」「獣の奏者」上橋菜穂子さん 児童文学の国際アンデルセン賞を受賞
  16. ^ 第4回日本医療小説大賞が決定しました”. 新潮フラッシュニュース. 新潮社 (2015年3月27日). 2015年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月2日閲覧。
  17. ^ 本屋大賞受賞作『鹿の王』が凄いことになっている 「全国書店ランキング」を総なめ”. ダ・ヴィンチweb (2017年11月20日). 2023年7月6日閲覧。
  18. ^ Printz Award”. YALSA. 2020年6月14日閲覧。
  19. ^ 日本文化人類学会賞・学会奨励賞歴代受賞者一覧”. 日本文化人類学会. 2020年6月14日閲覧。

外部リンク 編集