仏護(ぶつご、: Buddhapālita, ブッダパーリタ470年540年[1])とは、南インド出身のインド仏教中観派僧侶

同時代の清弁と共に龍樹の思想を学び、中期中観派の草分けとなった。

清弁が唯識派に対抗するために自派の主張の自立的論証(スヴァタントラ)を志向した[1]のに対して、仏護は龍樹の姿勢に倣って、相手の主張に対する帰謬的否定(プラサンガ)の姿勢を堅持した。こうして中観派は中期以降、清弁を祖とする「自立派」(スヴァータントリカ)と仏護を祖とする「帰謬派」(プラーサンギカ)に分裂することになる。

著作 編集

  • 『根本中論註』- 『中論』の註釈

脚注・出典 編集

関連項目 編集