形態的類型論(けいたいてきるいけいろん、morphological typology)とは、19世紀に行われた古典的な言語類型論における、形態論の特徴に基づいた言語の分類である[1]:45。系統関係ではなく、文法的特徴を基準とした言語分類としては最初期のものであり、多くの修正を経つつも、その基本的な分類は現在も用いられている[1]:45

基本的な分類 編集

形態的類型論では、基本的に、言語は孤立語膠着語屈折語の3つの類型に分類される。これはアウグスト・シュライヒャーの定式化[2]によるものである[1]:45。これに、抱合語または複統合語を第4の類型として加えることもある[3]:45

孤立語(こりつご、isolating language)では、接辞やその他の形態論的手段が全く使われず[1]:46[3]:43、語が語形変化をしない[4]:69。理想的な孤立語に近い言語の例として、中国語[4]:69ベトナム語[3]:43が挙げられる。

(1)    ベトナム語
Khi  tôi  đến  nhà  bạn  tôi,  chúng  tôi  bắt đầu  làm  bài. 
when  come  house  friend  PL  begin  do  lesson 
‘When I came to my friend's house, we began to do lessons.’ [3]:43

膠着語(こうちゃくご、agglutinative language)では、語幹に接辞を次々と連結することによって語が語形変化する[1]:46[3]:43。1つの接辞は1つの文法範疇に対応し、接辞の音形はほとんど変わることはない[1]:46[3]:43日本語[4]:69トルコ語[3]:43が例として挙げられる。

トルコ語の名詞 adam「男」の語形変化[3]:44
単数 複数
主格 adam adam-lar
対格 adam-ı adam-lar-ı
属格 adam-ın adam-lar-ın
与格 adam-a adam-lar-a
処格 adam-da adam-lar-da
奪格 adam-dan adam-lar-dan

屈折語(くっせつご、inflectional language)でも、膠着語と同じく語は語形変化するが、しばしば複数の文法範疇が融合して1つの形態素で表現される[1]:46[3]:44。さらに、同じ文法範疇を表す形態素であっても語幹によって異なる音形を持つことがある[1]:46[3]:44。たとえばラテン語[4]:70ロシア語[3]:44がこれに分類される。

ロシア語の名詞 стол (stol)「テーブル」と、липа (lipa)「ライムの木」の語形変化[3]:44
Ia II
単数 複数 単数 複数
主格 stol stol-y lip-a lip-y
対格 stol stol-y lip-u lip-y
生格 stol-a stol-ov lip-y lip
与格 stol-u stol-am lip-e lip-am
造格 stol-om stol-ami lip-oj lip-ami
前置格 stol-e stlo-ax lip-e lip-ax

膠着語と屈折語は、孤立語とは異なりいずれも語形変化(屈折)をする。その一方だけを屈折語と呼ぶのは誤解を招きかねないため、屈折語は融合語(ゆうごうご、fusional language)と呼ばれることもある[3]:45

歴史と発展 編集

アダム・スミスは、1759年の小論[* 1]で、ラテン語古典ギリシア語のように豊かな語形変化を持つ言語と、フランス語のように屈折が貧弱で代名詞前置詞に頼らなければならない言語の2つに言語を分類した[5]。また、フリードリヒ・シュレーゲル(F・シュレーゲル)は、1808年の著書[* 2]で、トルコ語のように接辞を単純に連結する言語と、ラテン語やフランス語のような屈折をする言語の2分法を主張した[5]

この2人の著作に基づいて、F・シュレーゲルの兄、アウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲル(A・シュレーゲル)は3分類を初めて提示した。彼は1818年の著書[* 3]で、弟の提案した2つの類型に、中国語のように形態論を全く持たない言語、という類型を加え、全ての言語はこの3つの類型に分類できると主張した。また、彼は、アダム・スミスに従って、(c) タイプを、統合的なラテン語タイプと分析的なフランス語タイプに下位分類した[5]

注釈 編集

  1. ^ Considerations Conscerning the First Formation of Languages and the Different Genius of Original and Compounded Languages. [1]
  2. ^ Über die Sprache und Weisheit der Indier: Ein Beitrag zur Begründung der Alterthumskunde. [2]
  3. ^ Observation sur la langue et la littérature provençales. [3]

出典 編集

  1. ^ a b c d e f g h Croft, William (2003) Typology and universals. 2nd edition. Cambridge: Cambridge University Press.
  2. ^ Schleicher, August (1859) Zur Morphologie der Sprache (Mémoire de l'Académie Impériale des Sciences de St.-Pétersbourg, VIIe série. Tome I, No 7). St. Petersburg: Commissionare der Kaiserlichen Akademie der Wissenschaften. [4]
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m Comrie, Bernard (1989) Language universals and linguistic typology: Syntax and morphology. 2nd edition. Chicago: University of Chicago Press.
  4. ^ a b c d 風間喜代三上野善道松村一登町田健 (2004)『言語学』第2版。東京大学出版会
  5. ^ a b c Ramat, Paolo (2011) The (early) history of linguistic typology. In Song, Jae Jung (ed.),The Oxford handbook of linguistic typology, 9-24. Oxford: OUP.