紀元前508年(きげんぜんごひゃくはちねん)は、西暦ローマ暦)による年。

世紀 前7世紀 - 前6世紀 - 前5世紀
十年紀 前520年代 前510年代
前500年代
前490年代 前480年代
前511年 前510年 前509年
紀元前508年
前507年 前506年 前505年

当時、古代ローマにおいては、「ポプリコラトリキピティヌス共和政ローマ執政官に就任した年」として知られていた。紀元前1世紀共和政ローマ末期以降においてはローマ建国紀元246年とされた。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前508年と表記されるのが一般的となった。

他の紀年法 編集

できごと 編集

ギリシア 編集

イタリア 編集

中国 編集

  • 嚢瓦(子常)が軍を豫章で攻撃した。呉軍は豫章で楚軍を撃破し、巣を攻め落として、楚の公子繁を捕らえた。

誕生 編集

死去 編集

フィクションのできごと 編集

脚注 編集

注釈

出典

関連項目 編集