肝吸虫(かんきゅうちゅう、学名Clonorchis sinensis) は、ヒトを含む幅広い哺乳類終宿主とし、肝臓内の胆管寄生する吸虫の1種。古くは肝臓ジストマと呼ばれてきた。

肝吸虫
Clonorchis sinensis の卵
分類
: 動物界 Animalia
: 扁形動物門 Platyhelminthes
: 吸虫綱 Trematoda
亜綱 : 二生亜綱 Digenea
: 後睾吸虫目 Opisthorchiida
亜目 : 後睾吸虫亜目 Opisthorchiata
上科 : 後睾吸虫上科 Opisthorchioidea
: 後睾吸虫科 Opisthorchiidae
亜科 : 後睾吸虫亜科 Opisthorchiinae
: Clonorchis
: 肝吸虫 C. sinensis
学名
Clonorchis sinensis
(Cobbold, 1875) Looss, 1907[1]
和名
肝吸虫
英名
chinese liver fluke

概要 編集

日本列島中国台湾朝鮮半島東アジア一帯に広く分布し、東南アジアではベトナムに分布するが、タイには似た生態で別タイ肝吸虫 Opisthorchis viverrini分布して地域によってヒトに濃厚に感染しており、これと同属の猫肝吸虫 Opisthorchis felineus が、シベリアからヨーロッパにかけて分布し、ヒトにも感染する。

日本では1917年、愛知県立医学専門学校の武藤昌知が肝吸虫の第1中間宿主がマメタニシであることを突き止め[2]1920年には発育環を解明した[3]

形態 編集

肝臓内の胆管に寄生している成虫は平たいの葉のような形をしており、体長10-20 mm、体幅3-5 mm雌雄同体であるが、多くの吸虫で貯精嚢前立腺射精管陰茎を収めている陰茎嚢は持たない。精巣は樹枝状に分枝し、分葉嚢状となるタイ肝吸虫などの Opisthorohis 属との識別点となる。口を取り囲み摂食を助ける口吸盤は体の前端腹面にあって直径0.4-0.6 mm。体を寄生部位に固定する腹吸盤は体の前半4分の1の腹面に位置し、口吸盤とほぼ同大。

はこの類の寄生虫のものとしては最も小型の部類で、長径27-32 μm、短経15-17 μmとっくり型で口の部分に陣笠のような形の蓋があり、これの周囲の縁取り部分が横に突出している。これらの形の特徴から横川吸虫異形吸虫の卵と区別できる。色彩は淡黄色で、産出された時点で既に内部でミラシジウム幼生まで発生が進んでいる。

第1中間宿主から第2中間宿主へ移行するときのセルカリア幼生は頭部に長い尾部が付属しており、頭部には2個の眼点が、尾部には鰭状のひだがあって活発に泳ぐ。第2中間宿主体内のメタセルカリア幼生は長径0.135-0.145 mmで、内部の幼虫は体を曲げて収まっており、体内には黄褐色の色素顆粒が、排泄嚢の中には大型の黒色の顆粒が満ちている。この幼虫の口吸盤と腹吸盤の大きさは50 μm60 μmとほぼ同大で、両者に大きな差がある横川吸虫との識別点となる。

生活史 編集

 
Clonorchis sinensis生活環

成虫は、寄生している胆管内で1日に約7,000個の卵を産む。卵は胆汁とともに十二指腸に流出する。最終的に糞便とともに外界に出た卵は、水中に流出しても孵化せず、湖沼低湿地に生息する微小な巻貝の1種、マメタニシに摂食されてはじめて消化管内で孵化してミラシジウム幼生を生じる。ミラシジウムは第1中間宿主であるマメタニシの体内で変態してスポロシスト幼生となり、スポロシストが成長すると体内の多数の胚が発育して口と消化管を有するレジア幼生となり、これがスポロシストの体外に脱出する。レジアはマメタニシの体内で食物を摂取して成長すると、体内のが発育して多数のセルカリア幼生となり、これが成熟したものから順次レジアの体内を脱し、さらにマメタニシの体から水中に泳ぎだす。セルカリアは活発に遊泳して第2中間宿主となる淡水魚に達し、の間から体内に侵入して主として筋肉内でメタセルカリア幼生となる。

肝吸虫のメタセルカリアが寄生し、第2中間宿主となる淡水魚はコイ科を中心にモツゴ、ホンモロコ、タモロコなど約80種。コイ科以外ではワカサギの報告もある。こうした魚をヒト、イヌ、ネコ、ネズミなどが生で摂食すると、メタセルカリアは小腸で被嚢を脱して幼虫となり、胆汁の流れを遡って胆管に入り、肝臓内の胆管枝に定着する。23 - 26日かけて成虫となり、産卵を開始する。成虫の寿命は20年以上に達する。

宿主 編集

第1中間宿主 編集

マメタニシ

第2中間宿主 編集

モツゴホンモロコタモロコゼゼラヒガイヤリタナゴバラタナゴカネヒラウグイフナコイ

終宿主 編集

ヒトイヌネコネズミブタ

実験的には以下でも感染成立

イエウサギラットマウスモルモットハムスターヌートリア

日本国内での分布 編集

古くから知られた流行地として、岡山県南部、琵琶湖沿岸、八郎潟利根川流域、吉野川流域などが知られている。他に宮城県新潟県埼玉県長野県富山県濃尾平野京都府南部、大阪府和歌山県兵庫県南部、広島県山口県香川県徳島県福岡県北部、福岡・熊本県境地帯などに流行地がある。

肝吸虫症 編集

症状 編集

肝吸虫は、成虫が寄生する胆管枝に塞栓してしまうため、多数個体が寄生すると、胆汁の鬱滞と虫体の刺激によって胆管壁と周囲に慢性炎症をきたす。さらに肝組織の間質の増殖、肝細胞の変性、萎縮、壊死が進行し、肝硬変へと至る。そのため食欲不振、全身倦怠、下痢、腹部膨満、肝腫大をきたし、やがて腹水浮腫黄疸貧血を起こすようになる。ただし、少数個体のみの寄生では無症状に近い。

診断・検査 編集

胆管の拡張、肥厚が起こるため、逆行性膵胆管造影CTエコーなどで診断すると、肝内胆管の拡張像、異常が認められる。確実な診断には虫卵の確認が必要であるため、糞便検査(ホルマリン・エーテル法やAMSIII法などの沈澱集卵法を利用)や十二指腸ゾンデ検査が行われる。免疫学的診断法もかなり有効である。

予防 編集

モツゴやホンモロコ、タナゴ類のような小型のコイ科魚類を流行地で生食するのが最も危険である。フナやコイはモツゴやホンモロコなどに比べるとメタセルカリアの保虫率ははるかに低いが、刺身などにして生で食べる機会が多いため、用心しなければならない。

治療 編集

感染した場合、古くは塩酸エメチンクロロキンジチアザニンヘキサクロロフォンヘトールビレボンなど副作用の強い薬を用いざるを得なかったが、1980年代以降プラジカンテルの登場によって1日の投与のみで根治が可能になった。

俗説 編集

芸術家にして美食家北大路魯山人の死因として広く知られている説として、「生煮えのタニシを好んで食べたため、肝吸虫の重い感染を受けて肝硬変を起こして死んだ」とするものがある。しかし肝吸虫の中間宿主となるマメタニシは食用となる真のタニシ類とは類縁が遠く、また小さくて食用にされることもない。当然のことながらマルタニシオオタニシのような一般に食用とされるタニシに肝吸虫が寄生していることもない。さらに、マメタニシは第一中間宿主であるため、別にこれをヒトが生で食べたところで終宿主への感染能力を持つメタセルカリアを有しないので、感染源とはならない。したがって、魯山人の感染源は、コイやフナなどの淡水魚の刺身以外には考えにくい。とはいうものの、淡水産の水産物の表面には肝蛭のような他の寄生虫の感染態の幼生が付着している危険性はあるので、タニシを食べるときは十分火を通して食べるべきではある。

出典 編集

  1. ^ 暫定新寄生虫和名表”. 日本寄生虫学会用語委員会 (2008年5月22日). 2011年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月12日閲覧。
  2. ^ "武藤 昌知". 20世紀日本人名事典. コトバンクより2021年12月23日閲覧
  3. ^ 下川耿史 編『環境史年表』 明治・大正編(1868-1926)、河出書房新社、2003年11月30日、340頁。全国書誌番号:20522067 

参考文献 編集

  • 吉田幸雄『図説人体寄生虫学』南山堂、1991年3月。ISBN 4-525-17024-7 

外部リンク 編集

  •   ウィキメディア・コモンズには、肝吸虫に関するカテゴリがあります。
  •   ウィキスピーシーズには、肝吸虫に関する情報があります。