複素指数函数

実関数としての自然指数関数を、複素数全体に解析接続したもの

複素指数函数(ふくそしすうかんすう、: complex exponential function)とは、数学複素解析における複素関数で、実関数としての自然指数関数 y = ex = exp(x)eネイピア数)を複素数全体に解析接続したものである[1]

概説 編集

 
複素指数函数のグラフ:
  • 明度は函数の絶対値を表す: 虚軸方向の変化に対して一定であり、実軸方向では右へ行く(引数の実部が大きい)ほど明るくなっているのが分かる。
  • 色相は函数の偏角を表す: 実軸方向の変化に対して一定であり、虚軸方向では引数の虚部に対する周期性が色相の繰り返しパターンから読み取れる。

具体的には、複素指数函数は次の冪級数で与えられる:

 

したがって、複素指数函数は整関数である。

オイラーの公式、複素数についての指数法則ea eb = ea+b より、複素指数函数は、実関数で代数的に与えられる:

z = x + yix, y は実数)(i虚数単位)に対して、
 [2][3]

複素数全体からなる加法群C, 非零複素数からなる乗法群C* で表すとき、複素指数函数 exp: CC* は、位相群の準同型(連続指標)のうちで微分可能かつ exp′(1) = 1 を満たすものとして特徴づけられる[4]

実数 x

exp(ix) = cos(x) + isin(x)(オイラーの公式)

へ対応させる関数を純虚指数函数といい、右辺を "cos + i sin" の省略形として cis(x) で表す。このとき複素指数函数 exp

exp(z) = exp(x)⋅cis(y)

と表される。これを複素指数函数の定義として採用することもある。

函数 cis: RU は実数の加法群 R から絶対値 1 の複素数の乗法群 U への全射な連続指標であり、そのようなものの中で cis(2π) = 1(つまり周期 あるいは ker(cis) = 2πZ)のものとして特徴づけられる[4]

複素数 z = x + yix, y は実数)に対する複素指数函数は、

ガウス平面内の帯 B := {x + yi : −π < y < π} への制限 exp: BF (F := CR≤0 (⊂ C*)) は一価の函数として全単射となり、F 上でこの函数の一価な逆函数として対数の主値 Log: FB が定まる。この Log は正の実半軸 R>0 上の実函数としての自然対数函数 logeF への解析的延長であり、特に zF に対して Log(z) = 1z/ζ を満たす[5]複素対数函数Log の更なる延長として

 
で与えられるが、これは大域的には一価でなく、特異点 z = 0 を囲む閉曲線に沿った積分の寄与によって無限多価性を示す。それでも非零複素数 z に対して等式 exp(log(z)) = z は常に成り立つ(その意味では log はまだ exp の「逆函数」である)。

定義 編集

exp(x + iy) の実部
exp(x + iy) の虚部

複素指数函数の定義の仕方は大まかに2通りある。

級数による定義[6]
任意の複素数 z に対して
 

これは整関数である。

実函数を用いた定義[2][3]
オイラーの公式を踏まえて、次の式で定義できる:
複素数の直交座標表示 z = x + yi に対して
 

これら2つの定義が同値であることを確かめるには、

オイラーの公式exp(iy) = cos(y) + i sin(y)y は実数)
指数法則:ea+b = ea eb

を証明すればよい。

複素変数への拡張は他にも方法があり、マクローリン展開を用いずに微分の自己再帰性と初期条件だけを与えた正則函数を考えても同じ結論を得ることができる。

基本的な性質 編集

 
exp(x + iy) の絶対値
 
exp(x + iy) の偏角

x, y は実数として、z = x + yi = |z|earg z と書く。以下の性質は定義から直ちに確認できる:[2][7]

  • y = 0 のとき明らかに exp(z) = exp(x) = ex は実指数函数であり、したがって複素指数函数は実指数函数の複素変数への拡張である。また特に exp(0) = e0 = 1 が成り立つ。
  • 周期性: 任意の複素数 z に対して exp(z + 2πi) = exp(z) が成り立つ。すなわち、複素指数函数は周期(実は基本周期)2πi を持つ周期函数である。一般に任意の整数 n に対して exp(z + 2nπi) = exp(z) が成り立つ。この周期性のために、逆函数となるべき対数函数の複素数への拡張は無限多価となる。
  • 絶対値に関して、|exp(z)| = |ex| および |exp(iy)| = 1 が成り立つ。すなわち、複素指数函数の絶対値は引数の実部のみによって決まり、引数の虚部の影響を受けない。また特に任意の z に対して exp(z) ≠ 0 が言える。
  • 複素共役に関して、exp(z) = exp(z) が成り立つ。

さらに以下の性質は重要である:[2][7]

これらは三角函数の性質から導くこともできるし、級数による定義に対してコーシー積を直接計算しても示せる。あるいは実指数函数の対応する性質に解析接続の一般論を適用しても示せる。

出典 編集

  1. ^ 高木 1983, p. 230.
  2. ^ a b c d 木村 & 高野 1991, p. 25.
  3. ^ a b ブルバキ 1968, p. 96, 第3章 §1.5. 複素指数関数.
  4. ^ a b ブルバキ 1968b, p. 97.
  5. ^ ブルバキ 1968, pp. 98–99, 第3章 §1.7 複素対数関数.
  6. ^ 高木 1983, p. 193.
  7. ^ a b ブルバキ 1968, p. 97, 第3章 §1.6. 関数 ez の性質.

参考文献 編集

  • 高木貞治解析概論』(改訂第三版)岩波書店、1983年9月27日。ASIN 4000051717ISBN 978-4000051712NCID BN01222138全国書誌番号:84009231https://www.iwanami.co.jp/book/b265485.html 
  • 木村俊房、高野恭一『関数論』朝倉書店〈新数学講座〉、1991年7月1日。ASIN 4254114370ISBN 978-4254114379NCID BN06514414OCLC 674317449全国書誌番号:91062499 
  • ニコラ・ブルバキ 著、小島順、村田全、加地紀臣男 訳『実一変数関数(基礎理論)1』東京図書〈数学原論〉、1968年。 NCID BN00929009 
  • ニコラ・ブルバキ 著、笠原皓司、清水達雄 訳『位相3』東京図書〈数学原論〉、1968年。 

関連項目 編集

外部リンク 編集