独裁政治

独裁から転送)

独裁政治(どくさいせいじ)とは、一個人、少数者または一党派が絶対的な政治権力を独占して握る政治体制を指す。

民主主義指数による国別の独裁傾向、モロッコから最下位北朝鮮まで52か国の独裁色が強い、エリア別では中東・北アフリカが下位ランク

概要編集

独裁政治」という言葉は、戦争内乱などの非常事態において、法的委任の手続きに基づき独裁官支配権を与える古代ローマの統治方法に由来する。独裁政治は、一般に、戦時や社会の混乱期に多く出現する。

絶対君主制との違いは世襲を伴わないことなどが挙げられる。専制政治では固定的または身分的な支配層が非支配層を支配するが(社会階級)、独裁では支配者と被支配者の身分は基本的には同一である。ただし、広義の独裁体制(権威主義体制)には君主制なども含まれる。

軍事的な手続きであるクーデター内戦によってそのリーダーが独裁者となる場合が多いが、民主主義的な手続きの結果として独裁者が生まれることもある。ナチス・ドイツアドルフ・ヒトラーは、民主主義、民主憲法であるヴァイマル憲法のもとで独裁化を果たした例である。独裁政治をとる場合において政党は必ずしも不要なものではなく、統治の補助・翼賛機構として支配政党を一つ作り、それ以外の政党を認めない一党制が敷かれることも多い。このような場合、対立党・候補の存在しない形式的な選挙を行い、この選挙結果をもって人民の支持を得たという外見がとられるため、独裁者や独裁国家が民主主義を称することも珍しくない[1]

独裁体制下においては言論の自由報道の自由が制限され、マスメディアは政府の統制下に置かれ、情報操作扇動、大衆動員の道具とされることが多い。なかでも全体主義体制下においてはそれが顕著で、ナチス・ドイツでの主にラジオ放送を用いた世論の操作はよく知られている[2]。ただし主に国外のマスメディアから容易に情報が手に入れられ、言論統制が形骸化している場合は独裁政治には不利な要因となり、1970年代以降、東欧中南米で独裁体制が次々と倒れる原因ともなった[3]

全体主義と権威主義編集

非民主主義体制(独裁体制)は、全体主義体制と権威主義体制に二分される。全体主義は多元主義を認めず、唯一のイデオロギーを奉じ、そしてそれに対し市民を積極的に動員することに特徴がある[4]全体主義体制は20世紀に現われた新しい体制であり、イタリアファシズムナチス・ドイツスターリン時代のソヴィエト連邦などが代表的な例である。これに対し、政治学者のホアン・リンスフランシスコ・フランコ時代のスペイン政治の研究の中でより抑圧が少ないが民主的ではない体制を権威主義体制と名付け、一つの類型として独立させた[5]。権威主義体制の特徴は、存在するが限定された多元主義、イデオロギーの弱さと、市民の政治動員を行わず[6]、むしろ政治的無関心を奨励する点にある[7]。権威主義は全体主義と民主主義の中間にある体制と認識されているが、全体主義国家の減少により非民主主義を総称して権威主義と呼ぶことも多くなった[8][9]。また、非民主主義体制・権威主義体制・独裁体制の3つの語の差はあいまいなもので、互換可能なものとして用いられることが多い[10][11]

類型編集

独裁政治は、その独裁の主体によって絶対君主制、軍事政権、文民独裁の3タイプに分かれ、文民独裁は、更に個人独裁と一党独裁とに分けられる。

絶対君主制は、君主が独裁権を握るものであり、政権は世襲によって継承される。君主および王族によって支配体制が固められていることが多い。4つの分類の中では最も政権維持の期間が長く、安定した体制となっている[12]。なお、君主の権力が憲法により規制されている立憲君主制は独裁政治とはみなされない。

軍事政権は、がそれまでの政府を打倒し直接政治を執るもので、政権は軍のリーダーやエリートが握る。軍が継続して独裁権を握ることはあまり多くなく、上記の4類型のうちで最も持続期間が短い独裁体制であるが、支配体制を固めて長期化する場合も存在する[13]

一党独裁制は、ひとつの支配政党が独裁権を握るもので、党内で選出された人物が政権首座につくものである。この場合政権のトップには任期が定められていることも多く、後継者はふたたび党内から選出される。権力継承のシステムが確立されているため、絶対君主制に次いで安定度が高く長期化しやすい[14]。支配政党のほかにいくつかの衛星政党が存在を許される場合もあるが、こうした衛星政党は支配政党に異議を唱えることは許されず、形式的に存続しているだけのもので、実質的には意義を失っている。こうした形式的複数政党制はヘゲモニー政党制と呼ばれ、人民民主主義をとる社会主義国の一部ではこうした体制が存続している。マルクス・レーニン主義を掲げる社会主義国の一部では、プロレタリア独裁を根拠に共産党による一党独裁制を採用している。朝鮮民主主義人民共和国のように世襲が行われる場合もある。もっとも独裁体制は資本主義であってもあり得る(世界のほとんどの独裁国は同時に資本主義である)。

政権奪取時にある個人が他の有力者を粛清して権力を一身に集中させることに成功した場合、個人支配型の独裁体制が成立する。政権内に独裁者を脅かすだけの対抗者が存在しないため政権はかなり安定しているが、独裁者個人が死去した場合は終了する[15]

短所編集

独裁的な政治体制の下では体制批判は許されず、個人の自由は著しく制限される。民衆の意思表示は抑圧され、反対派は何らかの形で排除される。また、為政者の権力行使に抑制が効かずに、恣意的な国家運営に堕すこともあり、国家としての方向性を失って行く場合も多い。

中国共産党中央政治局常務委員会には「68歳定年制」という不文律があり[16]、権力の暴走を防いでいる。

このほかの独裁制の欠点として、現代の大国先進国中華人民共和国シンガポールを除きすべて程度の差はあれど民主国家であるため、発展途上国の多い独裁国家は外交上不利な状況となることが挙げられる。特に1990年代以降、冷戦の終結とともに先進諸国が独裁国家への民主化を求める動きが非常に強くなり、発展途上国への政府開発援助は民主化を前提とすることが多くなった[17]。なかでも援助に頼る部分の多かったアフリカ諸国において、先進諸国は独裁国家に対する援助の削減や停止を行い、独裁制国家は民主制国家に対し得られる援助額が非常に少ない状態となった。このことは、1990年代前半においてブラックアフリカで急速な民主化をもたらす原因の一つとなった[18]

長所編集

独裁制はトップの意思の伝達がスムーズであり、有能な独裁者がビジョンに基づき独裁をおこなった場合、国家が大幅に発展することも不可能ではない。こういった体制は20世紀後半の東アジア東南アジア資本主義国に多く見られ、開発独裁と称された。

防止策編集

普通選挙による議会制民主主義大統領制などに加えて、権力分立や公職の多選禁止(アメリカ合衆国憲法修正22条で定める三選の禁止[19]憲法条文による韓国フィリピンチリにおける再選禁止など)は、政治の独裁化を防ぐ理念に基づくものと考えられている。

専制政治との違い編集

共和政ローマ時代の独裁制に注目したドイツ・ワイマール時代の政治学者カール・シュミットは、独裁制と専制政治の違いを「具体的例外性」にみいだしている。シュミットは、「独裁制は、非常時に現行法規を侵犯するが、それは法秩序を回復するという具体的目的に従属し、したがって独裁は、秩序回復ののちには当然に終了する例外的事態である。独裁がこの具体的例外性をうしなえば、専制政治に転化することになる。」とした。

さらにシュミットは、独裁を「委任的独裁」と「主権的独裁」に分類した。委任的独裁は、現行の憲法秩序が危機に陥った時、憲法秩序を維持するためにその機能を一時的に停止する独裁をいう。憲法の規定に非常大権が定められていれば、この独裁は形式的にも憲法に違反しておらず、「立憲的独裁」とよばれうる[20]

これに対して主権的独裁とは、現行憲法ではなく将来実現されるべき憲法秩序、政治イデオロギーにもとづいておこなわれる独裁をいう。この場合の独裁は、主権をもつ人民からその権限を委任されているがゆえに許されるとし、現行法秩序をまったく超越して成立する革命権力がこれに相当する[21]。主権的独裁の歴史的事例としては、フランス革命におけるロベスピエール独裁、ロシア革命文化大革命における共産党独裁があてはまる。

代表例編集

過去編集

歴史的に、一般的に広く「独裁」と呼ばれている思想、集団、体制には以下がある。民衆または民主主義より発生したものが、相対的に「独裁」と呼ばれている場合が多い。

現在編集

現存する国家で、憲法などで公式に「独裁」を明記している主な国は以下がある。

これらはマルクス・レーニン主義を掲げる社会主義国で、プロレタリア独裁(階級独裁)の概念を根拠に、共産党が国家や社会全体の指導政党として独裁を堅持している。この独裁に対しては、正統派マルクス主義トロツキズム社会民主主義ユーロコミュニズムなど社会主義の内部からも含め、自由主義民主主義の立場から、複数の批判がある。

また以下の国家も通常は独裁国家と呼ばれる。

脚注編集

注釈編集

出典編集

  1. ^ 「第三版 政治学入門」p118-119 加藤秀治郎 芦書房 2011年4月15日第3版第1刷
  2. ^ 「メディアと日本人」p101-102 橋元良明 岩波新書 2011年3月18日第1刷
  3. ^ 「現代政治学 第3版」p52-54 加茂利男・大西仁・石田徹・伊東恭彦著 有斐閣 2007年9月30日第3版第1刷
  4. ^ 「比較政治学」p90 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  5. ^ 「比較政治学」p90 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  6. ^ 「比較政治学」p90 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  7. ^ 「政治学の第一歩」p46-47 砂原庸介・稗田健志・多湖淳著 有斐閣 2015年10月15日初版第1刷
  8. ^ 「政治学の第一歩」p46 砂原庸介・稗田健志・多湖淳著 有斐閣 2015年10月15日初版第1刷
  9. ^ 「比較政治学」p90-91 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  10. ^ 「比較政治学」p91 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  11. ^ 大澤傑、「独裁とはなにか : 現代における使用法とその課題」 『防衛大学校紀要.社会科学分冊』 2016年 第百十三輯 p.137-159, 防衛大学校, 2019年4月10日閲覧
  12. ^ 「比較政治学」p149 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  13. ^ 「比較政治学」p148 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  14. ^ 「比較政治学」p149 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  15. ^ 「比較政治学」p148 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  16. ^ “中国共産党大会 常務委員5人引退へ”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2017年10月23日). https://mainichi.jp/articles/20171024/k00/00m/030/106000c 2018年3月4日閲覧。 
  17. ^ 「国際政治の基礎知識 増補版」p260-264 加藤秀治郎・渡邊啓貴編 芦書房 2002年5月1日増補版第1刷
  18. ^ 「アフリカ経済論」p274 北川勝彦・高橋基樹編著 ミネルヴァ書房 2004年11月25日初版第1刷
  19. ^ 3期目を目指すには一度退かなければならない。なお3期目を目指した大統領は未だ嘗ていない
  20. ^ 「第三版 政治学入門」p119 加藤秀治郎 芦書房 2011年4月15日第3版第1刷
  21. ^ 「第三版 政治学入門」p119 加藤秀治郎 芦書房 2011年4月15日第3版第1刷
  22. ^ 《中华人民共和国宪法》第一条 中华人民共和国是工人阶级领导的、以工农联盟为基础的人民民主专政社会主义国家。社会主义制度是中华人民共和国的根本制度。禁止任何组织或者个人破坏社会主义制度。(中華人民共和国は、労働者階級の指導する労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁の社会主義国家である。社会主義制度は、中華人民共和国の基本となる制度である。いかなる組織又は個人も、社会主義制度を破壊することは、これを禁止する。)
  23. ^ 《中华人民共和国宪法》序言 中国共产党领导的多党合作和政治协商制度将长期存在和发展。(中国共産党指導の下における多党協力及び政治協商制度は長期にわたり存在し、発展するであろう。)
  24. ^ 中華人民共和国憲法を読む(2004年、抜粋)
  25. ^ 人民民主主義独裁の中華人民共和国”. jpn_cpc.people.com.cn. 中国共産党ニュース. 2020年2月18日閲覧。
  26. ^ 朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法

関連文献編集

関連項目編集