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概要編集

深川地域東部の中でも数少ない江戸時代以前から陸地が広がるエリアであり、「深川猿江」の名で長く親しまれている町である。

地理編集

深川地域の北東に位置し、墨田区菊川)との区境に当たる。

河川

歴史編集

1923年大正12年)9月1日関東大震災では地区のほとんどが甚大な被害を受けたほか、1945年昭和20年)3月10日東京大空襲でも工場地帯であったため、本所区と並んで深川区アメリカ軍の標的の中心となった場所としても知られている。

1934年(昭和9年)に、深川東町の一部、深川猿江裏町の一部、深川猿江町、深川本村町の一部、深川上大島町を合併し深川猿江町とし、1968年(昭和43年)に猿江となった。町並みは江戸時代長屋の町割りの名残で、細い路地が碁盤の目のように縦横に交差し、通りの左右に住宅が間隔を狭めて並んでおり、当時の様子を偲ばせるものとなっている。

地名の由来は、1058年頃(康平)に「源義家臣猿藤太」と書かれたを着た武士の遺体がこの地に流れ着き、住民たちが祠を建て手厚く弔ったという伝説に由来する。海岸に面した漁師町だったとされ、既に江戸時代では猿江村と呼ばれていたことが当時の地図などから窺い知れる。

世帯数と人口編集

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
猿江一丁目 1,820世帯 3,395人
猿江二丁目 1,491世帯 2,974人
3,311世帯 6,369人

小・中学校の学区編集

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4][5]

丁目 番地 小学校 中学校
猿江一丁目 全域 江東区立東川小学校 江東区立深川第七中学校
猿江二丁目 1~11番
その他 江東区立毛利小学校

施設編集

行政
公園
  • 猿江一丁目公園
  • 猿江二丁目公園
施設

交通編集

鉄道
道路

画像一覧編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ a b 世帯と人口(毎月1日)”. 江東区 (2017年12月1日). 2017年12月20日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月20日閲覧。
  4. ^ 区立小学校の通学区域”. 江東区 (2019年4月4日). 2019年8月30日閲覧。
  5. ^ 区立中学校の通学区域”. 江東区 (2019年4月4日). 2019年8月30日閲覧。

外部リンク編集