珖子女王(こうこじょおう、1913年12月5日 - 1918年6月27日)は、大正時代の皇族多嘉王多嘉王妃静子(水無瀬静子)の第2王女である。

1913年12月5日に生まれるが、病のために、1918年6月27日に早世した。久邇宮墓地に埋葬された。珖子の死から2年後には第2王子、家彦王(宇治家彦)が、4年後には徳彦王(梨本徳彦)が生まれていた。兄、賀彦王の死からわずか9日しかたっていなかった。

脚注編集

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