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紅型という染法を使った琉装の女性
琉装の男性
琉装を着て琉球舞踏を踊る女性

琉装(りゅうそう、琉球語:ウチナースガイ)は、沖縄県の伝統的衣装。現在の沖縄県にはかつて、琉球王国という国家があり、琉装はこの琉球王国及び琉球民族民族衣装のことである。琉球王国は冊封国・朝貢国であり、江戸幕府の支配下の薩摩藩の属国でもあった。長い時間に日中間の文化を取り続けて、日本の和服と中国の漢服、両方の影響を受け、独自の服装文化が生まれた。

琉装には下記のような特徴がある。

  • 和服とは違って、帯で固定せず着られること。
  • 袖元と帯は和服のように袋のようになっているのではなく、筒状になること。
  • 帯は和服とは異なり、前で結ぶこと。
  • 南国風の文様が目立ち、和服より色彩豊かで華やかになること。
  • 上に着る羽織と中に着る着物の色の組み合わせで印象が変わること。

思想家 柳宗悦は以下のように記し、琉装と能衣装との近接性を指摘している。(柳宗悦選集 第5巻「沖縄の人文」より「沖縄の富」(富は原文では旧字体)民芸協会編 春秋社)

 しかし日本が有つ地方的風俗の中で、最も特色ある土地は北方よりむしろ南方の沖縄であるといわねばなりません。沖縄はいわゆる「琉装」において、特色ある独自の文化を示しているのです。これは沖縄が有つ一つの特権だといわねばなりません。想うに琉装は二つの起源から発したものです。一つは言語と同じく日本の鎌倉、足利時代の風俗を受けぐものです。そうして一つにはその土地の温度や湿度から必然に喚起せられたものなのです。いわば歴史的伝統と自然的要求との結合であって、地方風俗としての充分な根拠を有するものです。

 私たちはあの能衣裳が如何に立派なものであるかを知っています。それならなぜその形態を引き承ぐ琉装に美を認めないのでしょうか。能衣裳は既に古典に属するものですが、琉球ではそれが現在にも活きているのです。(中略)想うに形は遠く打掛けに起源を有つものでしょう。断ち方はほとんど能衣裳と変る所がありません。帯を用いはしないのです。今の和装に用いる幅広い帯の流行は起源がもっと新しく、琉装の方がずっと古格を示しているわけです。のみならず幅広い帯を着物の上に用いないということは、全く沖縄の気候が要求することなのです。涼をとる上にそれは極めて自然な服装だといわねばなりません。保健の上から見ても理に適ったところでありましょう。琉装は日本の風俗の正系であり、しかも地方的特色の最も鮮かなものです。

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