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琴似町(ことにちょう)は、かつて北海道琴似川の左岸にあった札幌郡に属した。現在の札幌市西区の大部分と、北区中央区手稲区各区の一部にあたる。ここでは、前身の琴似村についても言及する。

ことにちょう
琴似町
廃止日 1955年3月1日
廃止理由 編入合併
琴似町札幌村篠路村
札幌市
現在の自治体 札幌市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 石狩支庁
札幌郡
面積 72.65[1]km2.
総人口 30,077
(1955年)
隣接自治体 札幌市札幌郡札幌村
篠路村手稲町豊平町
石狩郡石狩町
琴似町役場
所在地 北海道札幌郡琴似町
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目次

地理編集

河川編集

湖沼編集

  • 東屯田川遊水地

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  • 三角山(琴似山)
  • 盤渓山
  • 奥盤渓山

行政区画(廃止時のデータ)編集

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沿革編集

  • 1871年明治4年) - 東本願寺管刹所(現真宗大谷派札幌別院、札幌市中央区南7条西8丁目)付近に入植し、「辛未一(しんぴいち)の村(後の山鼻村)」を形成した本願寺移民が、琴似周辺に再入植。琴似村となる。他の地域からの移住者も含めて50戸・182名が八軒・十二軒(現在の中央区宮の森付近)・二十四軒の各地区で集落を形成。
  • 1875年(明治8年) - 青森・宮城・酒田各県の士族及び道内の他地域に入植した士族198戸・965人が琴似に入植、屯田兵村を形成。翌年3戸が補充される。
  • 1880年(明治13年) - 幌内鉄道手宮線(現函館本線琴似駅が開業。
  • 1886年(明治19年) - 琴似 - 新琴似間、新琴似 - 茨戸間の道路が開通。
  • 1887 - 88年(明治20 - 21年) - 西日本各県からの移民220戸が新琴似に入植。新琴似兵村が作られる。
  • 1887年(明治19年) - 水害の防止と湿地の排水のため、琴似川と小樽内川を結ぶ新川が造成される。
  • 1891年(明治24年) - 同年度の戸数562、人口2,912。
  • 1897年(明治30年) - 琴似神社が創建される。
  • 1906年(明治39年)4月1日 - 北海道二級町村制施行により、札幌郡の琴似村、発寒村篠路村(一部)が合併し、二級町村琴似村(ことにむら)が設置される。旧村名の琴似村、発寒村、篠路村を大字として編成。札幌支庁に所属。
  • 1907年(明治40年) - 同年度の戸数839、人口7,128。
  • 1910年(明治43年)4月1日 - 札幌区の一部を編入。
  • 1922年大正11年)8月17日 - 支庁の改称により石狩支庁に所属。
  • 1923年大正12年) - 一級町村となる。
  • 1942年昭和17年)
    • 2月10日 - 札幌郡手稲村と境界の一部を変更し、手稲村大字下手稲村の一部が村域となる。
    • 2月11日 - 町制施行し、琴似町となる。旧琴似村の大字を継承。
  • 1943年(昭和18年) - 大字を新琴似、新川、八軒、琴似、二十四軒、山ノ手、宮ノ森、盤渓、発寒、屯田の10字に新編成。
  • 1943年(昭和18年) - 同年度の戸数2,181、人口11,725。
  • 1955年(昭和30年)3月1日 - 札幌市に編入され消滅。旧琴似町の字は琴似町を冠して継承される。

交通(廃止時のデータ)編集

脚注編集

  1. ^ 昭和26年度第57回北海道統計(昭和26年3月31日北海道総務局統計課発行)参照

関連項目編集

参考文献編集