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生田原町(いくたはらちょう)は、北海道網走支庁管内にあった町。2005年10月1日に遠軽町・丸瀬布町白滝村合併し、遠軽町となった。

いくたはらちょう
生田原町
廃止日 2005年10月1日
廃止理由 新設合併
遠軽町、生田原町丸瀬布町白滝村遠軽町
現在の自治体 遠軽町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 網走支庁
紋別郡
団体コード 01554-7
面積 269.10km2
(境界未定部分あり)
総人口 2,517
(住民基本台帳人口、2005年9月末)
隣接自治体 留辺蘂町佐呂間町湧別町遠軽町丸瀬布町
町の木 シラカバ
町の花 エゾシャクナゲ
生田原町役場
所在地 099-0792
北海道紋別郡生田原町字生田原339番地1生田原町役場
座標 北緯43度55分22.1秒
東経143度31分55.1秒
北海道内における生田原町の位置
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町名の由来はアイヌ語の「イクタラ」(ササの意)より。 文学による町おこしをおこなっており、JR生田原駅にオホーツク文学館を併設するほか、 生田原川沿いに「歌句碑ロード」などがある。

地理編集

網走支庁西部、紋別郡地域の中心町である遠軽町南部に接する。 北以外の三方が山に囲まれた地形。町を南北に国道242号石北本線が縦断する。 町の中心は町中部にある生田原市街。

気候は内陸型で昼と夜の寒暖差が激しい。年平均気温は6.9度。

生田原川ではヤマベが釣れるため、ヤマベの里と呼ばれる。

隣接していた自治体編集

歴史編集

  • 1925年(大正14年)1月 - 遠軽村(現遠軽町)から分村、二級町村制施行、生田原村となる。当時の人口は4,767人
  • 1935年(昭和10年) - 生田原銅山が発見され、これにより人口が6,000人近くにまで増大。
  • 1954年(昭和29年)4月 - 町制施行、生田原町となる。
  • 2003年(平成15年)5月14日 - 生田原町、遠軽町丸瀬布町白滝村任意合併協議会を設置
  • 2004年(平成16年)11月 - 生田原町、遠軽町、丸瀬布町、白滝村との合併調印。
  • 2005年10月1日 - 上記3町1村が新設合併、「遠軽町」となる。

行政編集

平成7年度からコンピュータによる総合行政システム CAMEX-Vを導入。OA化による効率的な行政管理を行っていた。

道内多くの市町村の例に漏れず地方債残高が年々増えていることから、現在財政健全化を推進していた。

  • 町長 林照雄 1989年 -
  • 議員定数 11
  • 町職員数 57

経済編集

産業編集

主要産業は農業、林業、林産加工。 とれる作物は小麦ビート、牧草、デントコーンなど。

地元でとれる木材をいかして木のおもちゃワールド館(ちゃちゃワールド)が公営で運営[1]。 世界40箇国の木製のおもちゃを展示している[1]

姉妹都市・提携都市編集

地域編集

教育編集

  • 中学校
    • 生田原、安国
  • 小学校
    • 生田原、安国
  • 養護学校
    • 北海道紋別養護学校ひまわり分校

交通編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

観光編集

  • ちゃちゃワールド 世界の木製おもちゃを展示した観光施設[1]。1998年(平成10年)4月28日に開館[1]
  • オホーツク文学館 旧樺太を含むオホーツクの流氷圏域を題材とした文学作品を展示収集
  • オホーツク文学碑公園 著名な作家の句碑、歌碑、詩碑、小説碑、随筆碑など19基を建立
  • 歌句碑ロード 一般から募った短歌・俳句を記した石碑が並ぶ。その数は約250
  • 生田原温泉 ホテルノースキング

祭事編集

  • ヤマベまつり(7月中旬)
  • 木のおもちゃ王国 (8月上旬)
  • 生田原町産業まつり(9月上旬)

脚注編集

  1. ^ a b c d “「ちゃちゃワールド」28日開館 木製がん具1万点 生田原に まるで世界旅行”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1998年4月3日)

関連項目編集

外部リンク編集