田 悼子(でん とうし、? - 紀元前405年)は、春秋戦国時代の政治家で、田氏の宗主。、あるいはは知られていない。

紀元前411年田白(田荘子)が死去すると、翌年に田悼子が後を嗣いで田氏の宗主となり、斉の宰相となった。紀元前405年、田悼子は死去し、田白の子の田和が後を嗣いだ[1]

脚注編集

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  1. ^ 史記索隠』所引『竹書紀年』による。『史記』田敬仲完世家には田悼子の記述は存在せず、田荘子が死去すると子の太公和が立ったことになっている。