田村亮 (お笑い芸人)

日本のお笑い芸人

田村 亮(たむら りょう、1972年1月8日 - )は、日本お笑いタレントであり、お笑いコンビロンドンブーツ1号2号ツッコミ(時々ボケ)、ネタ作り担当。相方は田村淳。身長172.9cm、体重66.8kg[1]

田村 亮
本名 田村 亮
生年月日 (1972-01-08) 1972年1月8日(45歳)
出身地 日本の旗 日本 大阪府高槻市
血液型 A型
身長 172.9cm
方言 関西弁共通語
最終学歴 大阪府立芥川高等学校
出身 銀座7丁目劇場オーディション
コンビ名 ロンドンブーツ1号2号
相方 田村淳
芸風 コントなど
立ち位置
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー吉本興業
活動時期 1994年 -
同期 ペナルティ山口智充 など
現在の代表番組 ラン×スマ 街の風になれ
過去の代表番組 いただきマッスル!
他の活動 舞台関連座長役者)等
配偶者  既婚

大阪府高槻市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー及び吉本興業東京本社に所属。大阪府立芥川高等学校卒業。

目次

人物編集

担当はツッコミだが天然ボケの傾向があるため、逆によく突っ込まれたりイジられたりしている。さらに、淳がドSということもあってかバンジージャンプなどのドッキリにも、度々引っ掛けられる。喋らない、言葉を噛むなど、芸人として致命的であるが、亮の家を隠し撮りした際、家族といる時はよく喋り、言葉を噛む事が無い。それを見た淳は「家族に毎回(収録に)来てもらいたい」「(噛むのがワザとなら)やめてもらいたい」と発言した[2]

吉本男前ランキング」において2000年から3年連続でNo.1に選ばれ、2003年に殿堂入り。しかし、淳とは対照的に独身時代なぜかモテなかったため、彼によく冷やかされていた。ラジオ番組で淳の軽いノリにより、島崎和歌子に手紙で告白させられたことも。

経歴編集

父親は大工で、学生時代はそれを継ぐつもりで修業もしていた。高校3年生の頃、よみうりテレビ製作『鶴瓶上岡パペポTV』の収録を欠かさず見に行っていたという。

2002年1月30日には田村亮としてのデビューシングル『存在』が発売された。作詞・作曲は田村淳。

2006年、淳が出演していた大河ドラマ功名が辻』にゲスト出演。相方との絡みはなかったが、同じドラマにコンビ揃って出演したことになる。

2007年9月19日放送の「ザ・ベストハウス123」で、マカオ・タワーから2人同時バンジーのギネス記録を達成したかに思われたが、直後にロケに同伴した後藤喜男プロデューサーにあっさり更新されてしまった[3]。翌10月には田村亮一座を旗揚げし「噂のホスピタル〜太陽のコマチ・エンジェル〜」を開催。座員はカリカBコース黒沢かずこ森三中)、三瓶入江慎也カラテカ)、パンチ浜崎ザ・パンチ)、ノンスモーキン辻修ほか。

私生活編集

2000年7月12日未明にバイクを運転中、下り坂と間違えて階段に進入、両腕を骨折する事故を起こした。そのため出演予定だったドラマのクランクインを遅らせることに。その際に亮を看病したのは当時売れない芸人として自宅に同居していた川田広樹ガレッジセール)。亮は手が使えなかったため、トイレに行く際川田がお尻を拭いていた。小は品川祐品川庄司)が担当。

2003年に、岡山県出身の一般女性とできちゃった結婚。『ロンドンハーツ』で独占結婚発表会見が行われた(番組の企画であり、実際の記者会見ではない)。2010年現在、2男児をもうけている。

船舶免許を持っている。ある日チャーターした船を操船し出港した際に防波堤に激突して船を破損させてしまい、所有者から亮本人が吐くほど怒られ、免許も偽造ではないかと疑われたと『笑っていいとも!』で公表した。

趣味編集

  • プロレス・格闘技ファン。自身も柔道の黒帯を持つ。
  • 旧車マニアで愛車は日産・ブルーバード(510型の2ドア)。
  • 日本のパンクバンドthe ピーズのファンである。
  • 海洋生物も非常に好き。番組で企画されたコーナーでグラビアアイドルの袋閉じには見向きもしなかったが、海洋生物の袋閉じには我を忘れて開き中を凝視したほど。
  • 釣りが趣味で、クールアングラーズアワード2007を受賞した。釣りの師匠は梅宮辰夫で、梅宮から「マグロ釣りに行くから、10日間スケジュール開けられるか?」と誘われた事がある。
  • 喫煙者である。

苦手なこと編集

  • 仕切りも苦手で、司会以外の役に頻繁に回っている。コンビでの出演でもスタッフがほとんど淳としか打ち合わせしない、「ロンドンハーツ」のスペシャルの時もほとんど仕事がなく、子供とゆっくり過ごせるなど「(淳)じゃない方」扱いされる[4]反面、近年は単独でのゲスト出演の機会が増えている。
  • ラジオでは台本を良く噛む。例えばポルノグラフィティの曲「ヴォイス」を紹介する際「ヴァイス」と読むなど。また、カンペを見ながら喋っても必ずといっていいほど噛む。
  • リズム感や音感がなく、ロンドンブーツ1号2号として二人でレコーディングを行った際、ギターとリードボーカル担当の淳がさっさと録音を終えたのに対し、彼のパートはコーラスだけであったにも関わらずかなり難航したという。
  • 何度もドッキリを受ける一方、自分がドッキリを仕掛ける側になるとうまくいかない。例えば2008年3月に次男が生まれた日はちょうど『ロンドンハーツ』の収録日だったので、普段とは逆に淳ら出演者を驚かせようとしたが、番組スタッフにより既に伝えられていたためあっさり失敗したが、淳の結婚会見(『ロンドンハーツ』内での生放送企画であり、実際の会見は生放送後に行った。)では、事前に出川哲朗を通して、淳の妻である香那と面会を済ませており、初めて淳に逆ドッキリを仕掛ける事に成功した。
  • めちゃ×2イケてるッ!濱口だましで仕掛け人の役割を担っていたが失敗した。(ほぼ完璧に進行していた計画のうち唯一の失敗であった。[5]

エピソード編集

  • お笑いコンビの相方である田村淳とは同じ姓であるが、血縁関係はない。
  • 俳優田村亮(本名・田村幸照)とは同姓同名の別人だが、家が近所にある。ある時、俳優・田村亮宛の小包が誤ってロンブー・田村亮宅に届いてしまい、ロンブー亮夫人と俳優・田村がその際会って面識ができたという。
  • 短い金髪がトレードマーク。ブレイク前は黒い長髪若しくは坊主だったが、先輩・加藤浩次の勧めで金髪に。1度だけ2009年6月29日のトークライブで14年ぶりに黒髪に戻す。
  • 2007年2月1日放送の『とんねるずのみなさんのおかげでした』にて行われた卓球対決で敗れ、罰ゲームでパンチパーマ(金髪はそのまま)に。また、パンチパーマ姿で同年2月7日放送の『ザ・ベストハウス123』の収録を行った。
  • 田中直樹ココリコ)、藤井隆と仲が良く、三人で海外旅行に行ったこともある。松本人志曰く「やさし〜い、デリケートな三人」。特に田中とは独身時代からの付き合い。他に仲がいいのは加藤浩次で、田中と共に加藤のグループである「オフィス加藤」の一員である。
  • 最近では、相方淳頼みのキャラを出している。淳のえこひいきにも「まぁ、ええやろ」と妥協していたり「これからも捨てんで下さい。お願いします。」と発言し、「淳、やっぱりお前がいんと無理や!」と番組中で発言する。最近、淳に対して、釣りウルトラマンシリーズの知識では淳に負けないという強みを生み出した。
  • ロンブー龍』の企画で野菜中心の和食の店『菜乃家わいんち』をプロデュースし、オープン。亮本人は出資しておらず、いわゆる「名義貸し」だが本人も時々店を手伝っている。
  • アゴがしゃくれていることを淳によくネタにされる。ちなみにタマちゃん騒動の時期、ちょうど亮の(しゃくれた)アゴに髭が生えていたため「お前、アゴヒゲアザラシじゃん!」と言われた後、その軽いノリのまま多摩川をB-DASHGONGONと共にイカダ下りさせられた経験がある。
  • 出会った芸能人で最もオーラを感じた相手は本人曰くビートたけし。それまでも「芸能人は皆例外なくオーラを持っている」と思っていたが、たけしは格が違ったという。
  • 芸能界に入ったのが少し遅かったため、年下や同い年及び同学年の先輩が多く存在する。(宮川大輔ココリコケンドーコバヤシ矢部浩之たむらけんじ陣内智則など)

番組エピソード編集

  • 宝探しアドベンチャー 謎解きバトルTORE!の「床の間」を得意としており、初挑戦から4連勝を記録、5度目でついに途中落下するもその後連勝し通算6勝2敗と高い勝率を誇り、番組内では「床の」を名乗った。しかし得意のはずの床でパーフェクト(1人も落とさず3人全員成功)は経験しておらず、仲間を落として自分だけ生還すると言われることが多いので、同ステージのライバル「床プロ」こと若林正恭(7勝2敗と勝率で上回るばかりかパーフェクトを3回経験しており、仲間を連れて行くのは若林の方がうまいが、若林1人でクリアした回も)からは「いつも1人で勝ってる」と酷評され、司会のファラ男からも「床の死神じゃないんですか?」と言われたことがある(仲間は上まで連れて行ったが、坂落ちの試練のクイズで仲間が不正解だった時も)。8回目の挑戦では「3人で頂上に行く作戦を用意して来た」とは言ったものの過去に落下したメンバーを「亮デスノート」として紹介され、さらに作戦は失敗し仲間は2人とも途中落下して新たにそこへ追記され、亮1人で登る所をサポートルームで見ていたメンバーに「いつもの光景」と言われたばかりか最後は本人も坂落ちの試練で初めて失敗して落下、この際に若林から「死神が地獄に帰っただけだから」と言われていた。8月20日の放送で同チームの松本潤がパーフェクトを達成した際(この時亮本人は床に挑んでいない)には彼に神の座を譲り(同時に、2代目床の神が誕生)、自らは床の死神と呼ばれることを認めている(これからは嵐の松本が床の神を名乗ることに)。

出演作品編集

コンビでの活動はロンドンブーツ1号2号#出演番組を参照。

テレビ番組編集

現在の出演編集

過去の出演編集

テレビドラマ編集

映画編集

劇場アニメ編集

ラジオ編集

  • BATTLE NIGHT RYO キックorチョップ(bayfm

CM編集

ゲーム編集

雑誌編集

脚注編集

  1. ^ 2012年11月6日放送『ロンドンハーツ』内の健康診断より
  2. ^ 2009年5月19日放送「ロンドンハーツ」より。
  3. ^ 放送後、視聴者から亮を擁護する抗議が殺到する事態となった。
  4. ^ 「アメトーーク」〜じゃない方芸人
  5. ^ 濱口曰く「俺を騙されなかった初めての人」とのこと
  6. ^ “ロンブー亮が静岡の自然に囲まれてロケ、情報番組の人気コーナーが特番に”. お笑いナタリー. (2017年8月3日). http://natalie.mu/owarai/news/243487 2017年8月18日閲覧。 
  7. ^ “ナイナイ岡村の新番組「接しやすい」ロンブー亮との共演に「可能性は無限」”. お笑いナタリー. (2016年10月28日). http://natalie.mu/owarai/news/207020 2016年10月28日閲覧。 
  8. ^ 2011年3月16日放送分にも出演が決まっており、収録も済んでいた(次回予告に登場している)のだが東日本大震災報道特別番組により放送中止。
  9. ^ 劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段”. メディア芸術データベース. 2016年8月14日閲覧。

外部リンク編集