田辺 凌鶴(たなべ りょうかく 1967年8月16日 - )は、講談協会所属の講談師。本名は喜多村 充伸[1]

田辺たなべ 凌鶴りょうかく
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本名 喜多村 充伸
生年月日 (1967-08-16) 1967年8月16日(52歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
師匠 田辺一鶴
田辺一邑
弟子 田辺凌天
活動期間 2000年 -
活動内容 講談
所属 講談協会

人物編集

東京都出身。長距離走者もしくはヒルクライマーのような痩身に銀縁メガネが特徴。

都立立川高校時代は高校球児であった。中央大学法学部政治学科を卒業後、小劇場での舞台役者や大道芸人を経て田辺一鶴に師事した。

講談の自作を得意とし、2012年春現在で、発表した自作講談は100本を超える。

来歴編集

脚注編集

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  1. ^ 講談協会オフィシャルウェブサイト:田辺凌鶴”. 講談協会. 2010年3月8日閲覧。
  2. ^ 裁判員制度、笑いきっかけに考えて 9日に両国で講談”. 朝日新聞社. 2009年2月8日閲覧。
  3. ^ 平成22 事業年度業務実績報告書”. 独立行政法人日本芸術文化振興会. 2011年3月30日閲覧。
  4. ^ ボートレース講談「水上の英雄たち」”. 株式会社日本レジャーチャンネル. 2012年4月23日閲覧。

外部リンク編集