甲府事件
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甲府事件(こうふじけん)とは、1975年に山梨県甲府市で、小学生が未確認飛行物体(以下UFO)と「宇宙人」を目撃したと報道された事件。日本で起きたUFOや宇宙人関連の目撃事件としては最も有名な部類に属する。
概要編集
1975年2月23日午後6時頃、帰宅途中だった甲府市立山城小学校の男子児童2名が、オレンジ色のUFOを発見したことが始まりである。
児童の話によると、UFOは二人を追いかけるように飛行して来たため、逃げて物陰に隠れたという。これにより彼らはUFOを見失うが、程なくブドウ畑に降り立ったUFOを再度発見し、機体から現れたチョコレート色でシワシワの「のっぺらぼう」状態の搭乗者を目撃する。児童のうち1名は背後に回り込んだ搭乗者に肩をたたかれ、恐怖のあまりその場で座り込んでしまうが、もう1人はその場から逃げて家族を呼びに行き、家族が駆けつけた際には搭乗者の姿はなく燃えるような物体がブドウ畑にあったという。児童1人の母親は空に銀色の物体が回転していたと証言し、父親は消えかかる光を見たと述べた[1]。当時の母親の目撃証言は録音されておりテレビ番組で公開されている[2]。
目撃した児童とその家族の証言に加え、甲府市環境センターの管理人もブドウ畑から飛び立つ飛行物体を目撃したと証言している。また、当時親の転勤で甲府市に住んでいた作家の景山民夫も飛行物体を見たと証言し、7年後の1982年には、UFO着陸現場付近を車で走行中だった保険外交員の女性が、その搭乗者らしき人物に遭遇したと語っている。
調査編集
現場のブドウ畑では、3本のコンクリート柱が折れるか倒れるなどしており、それらの柱を覆っていた金網は、重量のある物を乗せたかのように大きく広がっていた。地面には数か所の穴が開いていて、リヤカーの轍のごとき跡が残っていた[1][3]。
これらの報告を受けて放射能の専門技師である前田進が現地の調査を行っている。その結果、UFOが着陸していたとされる場所からは人工的な残留放射能を検出したと一部のマスコミが報じた。半減期の短い事が人工の根拠とされている[4]。
備考編集
一方、上述の環境センター管理人や保険外交員による目撃証言を集めたのがアダムスキーを信奉する雑誌であり、その正確性や公平性が高いとは言えず信憑性が低いとされる。当時の畑の所有者は、何回もテレビ、新聞、雑誌の取材を受けたが、コメントが一度もメディアに取り上げられなかったという。
脚注編集
参考文献編集
- 並木伸一郎、2017、「ナチスUFOと異星人接近遭遇「甲府事件」の謎」、『ムー』(2017年3月号)、学研プラス pp. 14-21
関連項目編集
- 介良事件 - 1972年に高知県の中学生が小型のUFOを捕獲したとされる事件
外部リンク編集
- 甲府事件 - UFO事件簿
- きらちゃんのショートシンキング - ウェイバックマシン(2009年7月19日アーカイブ分)