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申 泰英(シン・テヨン、신태영、1891年-1959年)は大韓民国軍人国防部長官。第3代陸軍参謀総長を務めた。創氏改名による日本名平山輔英。日本陸軍少佐、韓国陸軍中将の申應均の父。

申 泰英
生誕 1891年
死没 1959年
所属組織

大日本帝国陸軍の旗 大日本帝国陸軍

Flag of the Republic of Korea Army.svg 大韓民国陸軍
軍歴 中佐(日本陸軍)
中将(韓国陸軍)
除隊後 国防部長官
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申泰英
各種表記
ハングル 신태영
漢字 申泰英
発音: シン・テヨン
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目次

人物編集

1891年、漢城府に生まれる。

1905年、韓国軍幼年学校に入学。

1906年、韓国軍武官学校入学。

1909年、陸軍幼年学校に編入。

1912年に陸軍士官学校へ入学して1914年に26期生として卒業。同期に李應俊洪思翊池青天安秉範などがいる。同年12月25日、少尉任官[1]

1918年7月29日、歩兵中尉[2]

1925年3月18日、歩兵大尉[1]

1927年12月16日、歩兵第74連隊中隊長[2]

1929年12月10日、歩兵第74連隊附[3]

1933年8月1日、歩兵少佐[1]

1934年8月1日、歩兵第80連隊附となり、大田公立中学校の配属将校[1]

1943年3月1日、予備役編入[4]

1944年4月20日、海州陸軍兵事部部員[5]。同年10月3日、海州陸軍兵事部課長[6]

1948年、韓国陸軍に入隊(軍番12311番[7])し、11月に大佐となり行政参謀副長兼国防部第1局長。

1949年5月、任准将。8月、護国軍朝鮮語版参謀副長。10月、任少将、陸軍参謀総長。

1950年4月、兵器行政本部長。

6月25日の朝鮮戦争の勃発に伴い7月8日に全羅北道編成管区司令官となり、全羅北道の防御を担当したが申性模と用兵上の意見が衝突して7月28日に罷免される。

1952年1月、陸軍本部付となる。3月、任中将、予備役編入。編入後、国防部長官。釜山政治波動では、戒厳令を宣言し、大邱の陸軍本部に1個師団の兵力を戒厳軍として送るように要請した[8]。1953年6月18日、李承晩大統領による反共捕虜が釈放され、国防長官宿泊施設に記者が集まった[9]。申は捕虜釈放の事実を知らずにいたが、景武台にいる秘書の説明を元に記者会見を終えた[9]。このようなことがあって辞表を出したが、李承晩はこれを受け取らず、「ただでさえ仕事が多いのにそうすればどうなるか」と申を叱った[9]。しばらくしてロバートソン次官補、李承晩、申の3人で会談が行われたが、申には通訳が付いていなかったため、会談内容を聞き取ることができなかった[9]。落胆した申は、その日の夕方に再び辞表を書き、これが受理されて6月30日に国防長官を辞退した[9]

1953年7月24日、民兵司令官[10]

1956年6月、再び予備役編入。

1959年4月、死去。

出典編集

  1. ^ a b c d 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿.昭和10年9月1日調141コマ
  2. ^ a b 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿.昭和3年9月1日調218コマ
  3. ^ 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿.昭和7年9月1日調166コマ
  4. ^ 第40号 昭和18年3月2日 陸軍異動通報 (PDF)”. アジア歴史資料センター. 2017年11月5日閲覧。
  5. ^ 第74号 昭和19年4月20日 陸軍異動通報 (PDF)”. アジア歴史資料センター. 2019年3月28日閲覧。
  6. ^ 第206号 昭和19年10月5日 陸軍異動通報 (PDF)”. アジア歴史資料センター. 2019年3月28日閲覧。
  7. ^ 佐々木春隆. 朝鮮戦争/韓国編 上巻 (再版 ed.). pp. p. 204.. 
  8. ^ “(354)전시하의 정치파동(3)”. 中央日報. (1972年7月24日). https://news.joins.com/article/1326647 2019年3月28日閲覧。 
  9. ^ a b c d e “(545)<제자 윤석오><제26화>내가 아는 이 박사 경무대 사계 여록(172) 한갑수”. 中央日報. (1972年8月26日). https://news.joins.com/article/1329199 2019年3月28日閲覧。 
  10. ^ “(489)<최종회>-미결의 종장(4)”. 中央日報. (1973年7月27日). https://news.joins.com/article/1353230 2019年3月28日閲覧。 

脚注編集

参考文献編集

佐々木春隆『朝鮮戦争/韓国篇 上巻 建軍と戦争の勃発前まで』原書房

先代:
蔡秉徳
大韓民国陸軍参謀総長
第6代:1949年-1950年
次代:
蔡秉徳