男はつらいよ 寅次郎子守唄

日本の映画作品、『男はつらいよ』シリーズ第14作

男はつらいよ 寅次郎子守唄』(おとこはつらいよ とらじろうこもりうた)は、1974年12月28日に公開された日本映画男はつらいよシリーズの14作目。同時上映は『ザ・ドリフターズの極楽はどこだ!!』。

男はつらいよ 寅次郎子守唄
監督 山田洋次
脚本 山田洋次
朝間義隆
原作 山田洋次
出演者 渥美清
十朱幸代
月亭八方
春川ますみ
上條恒彦
音楽 山本直純
撮影 高羽哲夫
編集 石井巌
配給 日本の旗 1974年12月28日
公開 松竹
上映時間 104分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 11億円[1]
前作 男はつらいよ 寅次郎恋やつれ
次作 男はつらいよ 寅次郎相合い傘
テンプレートを表示

この作品から、3代目おいちゃん(車竜造)の下條正巳が登場する。以後、最終第48作まで下條正巳が演じた。

あらすじ編集

寅次郎が旅先で見る夢は、日本昔話風の舞台で、子供がない桜夫婦が「うぶすなの神」に祈ると、赤ん坊が授かる。さらに寅次郎がうぶすなの神として登場し、赤ん坊を「寅次郎」と命名するように伝える。

博が仕事中に怪我をして病院行きと聞かされたさくらは慌てるが、幸いにも軽症で済んだ。見舞いに来た御前様の話がきっかけでとらやの将来について語っているところに、ちょうど旅から帰ってきた寅次郎は、いかに自分が将来のことを考えているかを語り始める。しかしその誇大な話にとらやの一同が不真面目すぎると怒り出したことで不機嫌になり、さっさと旅立ってしまう。[2]

寅次郎は九州・唐津で商売を始めるが、近くの呼子港の宿で、赤ん坊を残して女房に逃げられた男(月亭八方)と出会う。男と赤ん坊を心配した寅次郎は彼を慰めて一席設けてやるが、翌朝男はいなくなり、「子供を頼みます」という置き手紙を添えて赤ん坊だけが残されていた。ほったらかしにも出来ず、寅次郎はやむなく赤ん坊と共に柴又に舞い戻ってくるが、とらやの面々は「寅に子供が出来た!」と大慌て。寅次郎から事情を聴いてようやく誤解が解けるものの、今度はこの子をどうするかで難儀する。そんなある日、赤ん坊が高熱を出してしまい、博が世話になった病院に連れて行くことになるが、博には気がかりなことが一つあった。そこで働く美人で快活な看護婦の京子(十朱幸代)に寅次郎が惚れやしないか、ということだった。さくらと博は何とか寅次郎と京子との接点を無くそうとするが、元気になった赤ん坊を見ようと京子がとらやを訪れてしまい。その努力はあっけなく無駄に終わる。

やがてとらやに、例の赤ん坊の父親が現れる。とらやの面々は彼の無責任さを責め立てるが、彼に同伴してきた踊り子(春川ますみ)の子供に対する気持ちを知り、男に赤ん坊を返すことにした。赤ん坊が去ると、とらやの面々も寅次郎もさすがに寂しくなってしまうが、慰めに現れた京子のおかげでまた元気を取り戻す。京子が自身の通うコーラスにさくらを誘うのを見て、寅次郎もそれについていくが、そこでまたも不真面目な態度を取って会を台無しにし、コーラスグループのリーダー・大川(上條恒彦)に悲しい思いをさせてしまう。その件をさくらに叱責された寅は大川のアパートを訪ねて謝罪し、持参の酒を酌み交わし始めた。大川は顔が埋まってしまうほどのひげ面で口べた、薄汚いアパートに住む貧乏人で、女性に惚れられた経験は皆無だが、気は本当にいい男だった。すっかり意気投合する二人だが、ふとした瞬間に寅次郎は大川が京子に好意を持っていると知り、酒の勢いもあってか上機嫌で恋愛指南をし始める。

同じ頃、京子はさくらに、自分を女手一つで育ててくれた母の亡き父への想いを語る。写真で見るとひどい醜男、口べたで、金にも縁がなかった父を、母は今でも理想の男性と考えていた。京子がそのままとらやを訪れ、団らんしているところに、酔った寅次郎と大川が帰ってくる。大川は京子の姿に気付くと、衆人環視の中、寅次郎の先ほどの指南に背中を押される形で告白する。翌日、京子は大川を最寄りの関屋駅に訪ねる。その後、喜び勇んで寅次郎を訪れた大川の姿に、「瓢箪から駒が出た」のではと予感するとらやの面々。予感は当たり、失恋ということになった寅次郎は旅立つ。もっとも、とらやの面々やタコ社長と心温まる会話を交わしての、晴れやかな表情の旅立ちであった。

正月、さくらは大川の安アパートで開かれたコーラスグループの新年会に参加する。大川はその場で京子との結婚を報告するが、既に全員が大川の気持ちを知っていたことに皆で笑う。京子のもとには、寅次郎から年賀状が来ていた。「件の青年、あなたさまを恋い慕うひげ面の男に、くれぐれもよろしくお伝え下さいまし」と締めてあった。寅次郎は例の赤ん坊が気になって、呼子に来る。渡し船で赤ん坊を背負った踊り子と再会し、赤ん坊の父親も仕事を得て一緒に暮らしていると聞いて、安心するのだった。

キャスト編集

ロケ地編集

スタッフ編集

記録編集

  • 観客動員:226万7000人[3]
  • 配給収入:11億円[1](10億2000万円[3]とも)

脚注編集

  1. ^ a b 『キネマ旬報ベスト・テン全史: 1946-2002』キネマ旬報社、2003年、206-207頁。ISBN 4-87376-595-1
  2. ^ 寅次郎はこの時、「諏訪さくら」名義の預金通帳を、「博の医者代に」と言ってさくらに渡す。いつかさくらのためにと思って貯めていた金で、7700円が入っていた。後日、本作最後の旅立ちの際に、「(またの機会に)当てにしてるわ」とさくらから寅次郎に、全く使わないまま返還される。
  3. ^ a b 日経ビジネス』1996年9月2日号、131頁。
[脚注の使い方]

外部リンク編集