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白襷隊(しろだすきたい)は、日露戦争旅順攻囲戦、第3回総攻撃における特別支隊である。夜襲の際、味方を識別するために将士ともに白を掛けていたことに由来する名称であり、日露戦争後になってこう呼ばれるようになった(従って正式な部隊名ではない)。

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概要編集

1904年明治37年)11月26日、第3回旅順総攻撃が開始されると第1師団特別歩兵第25連隊の二箇大隊第12第35連隊の各一個大隊、工兵第9大隊の一個小隊、第7師団衛生隊の総勢3100余名は、特別支隊として、決死隊を組織し、松樹山第四砲台を奇襲することとなった。水師営から松樹山北西麓に進み、26日21時、敵堡塁まじかの第一線散兵濠に突入したが、地雷の爆発により潰乱し、味方識別のために掛けていた白襷がロシア軍の探照灯照射によって反射し目立ったため大損害を受けた。後続部隊もまた同様で、支隊長・中村覚少将も敵弾に負傷した。死傷者のあまりの多さに11月27日2時退却の余儀なきに至って白襷隊の奮戦は失敗に終わった。

203高地の戦いへ編集

白襷隊の敗北の報を受けた司令官乃木希典は従来の方針を転換し、203高地の攻略を命じた。

関連項目編集

外部リンク編集