メインメニューを開く

百億の昼と千億の夜』(ひゃくおくのひるとせんおくのよる)は、光瀬龍SF小説。『SFマガジン』に1965年12月号から1966年8月号まで連載された。日本SFの中でも壮大なスケールを持つ作品として知られる。「」をテーマにし、終末観救済など、宗教哲学的色彩も濃い。萩尾望都によって漫画化されている(後述)。当初の仮題は『百億の昼、千億の夜』(『SFマガジン』1965年11月号)

1969年早川書房より単行本化。1973年に文庫化。その後角川文庫からも刊行された。1993年ハヤカワ文庫JAのNo.1000として新装版が刊行された際、結末部分が加筆され、これが決定版となった。2010年に萩尾望都の表紙画によるトールサイズ版が刊行。

あらすじ編集

ギリシャの哲学者プラトンはアトランティス王国の文書を求め、旅に出る。旅先のエルカシアでプラトンは太陽のような灯り(タウブ)、高度な調味料を使った食材、グラウス(ガラス)と今までに見たことのない高度な技術を持った文明に出会う。プラトンは、エルカシアの宗主にアトランティスがなぜ滅んだのかを尋ねる。宗主は「その問いはあなた自身で見つけることになる」との謎の言葉を残す。プラトンはその地で横になり、目が覚めると自分がアトランティスの司政官オリオナエであることを自覚する。

オリオナエは国王アトラス7世、先王ポセイドニス5世から王国のアトランタ地方への移動を強く求められていたことに苦しんでいた。しかし、2人は惑星開発委員会の要請に基づくものであるとして強く移動を迫る。王国は移動を試みるも失敗し大惨事に襲われ、王国の繁栄は一夜にして崩壊する。プラトンは再び目が覚める。体調を取り戻したプラトンは西北の地TOVATSUEへ向うという。これが時を超えたはるかなる旅の始まりとなる。

シッタータ(釈迦)は釈迦国の太子であったが世の無常を感じて出家し、トバツ市にて梵天王から破滅の相を聞かされる。疑問を抱いた彼は阿修羅王と会うことを決意する。

一方、ナザレのイエスはゴルゴダの奇蹟の後、大天使ミカエルにより地球の惑星管理員に任命される。

“シ”の命を受けたという惑星開発委員会の真意とは? 弥勒の救済計画とは何か、様々な謎が彼らの前に立ちはだかる。

登場人物編集

オリオナエ - プラトン
ギリシャの哲学者プラトンがモデル。長い期間を生きた後、トーキョー・シティーでシッタータ・阿修羅王の2人と出会う。
阿修羅王
仏教の阿修羅がモデル。ただし、元来は男性神であるが、この作品では少女に設定されている。4億年の長きにわたり帝釈天の軍と戦いを続けている。
シッタータ
仏教の開祖釈迦がモデル。釈迦国のカピラ城で命をも顧みず出家し、梵天王と面会する。
ナザレのイエス
キリスト教の開祖イエスがモデル。3人と敵対。粗野な人物。
イスカリオテのユダ
十二使徒の1人ユダがモデル。萩尾望都の漫画版では、一時期暗示から解き放たれた後、3人と行動を共にするという設定。
アトラス王家(ポセイドニス5世他):漫画版ではポセイドン
アトランティスの恵み深き支配者。のちに同都市を滅ぼす。
梵天
帝釈天
阿修羅王と永劫(えいごう)の時を闘い続ける天上軍の総指揮官。
弥勒
56億7000万年後の救世主。イエスの前に現われた大天使ミカエル、アトラス王家の神々と同じく人格のないヴィジョンである。
転輪王
この世界の外にあって生成を得ること1兆年の余といい、何人たりともその姿を見た者はいない。

漫画編集

萩尾望都によって『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて、1977年34号から1978年2号まで漫画版の作品が連載された[1][2]。チャンピオンコミックス全2巻、萩尾望都作品集全2巻、愛蔵版全1巻、文庫版(旧)全2巻、文庫版(新)全1巻。

漫画版においては設定が多少異なっている。イスカリオテのユダは原作では天文学者である。漫画版ではイエスの弟子でイエスの恐ろしさゆえにイエスを告発した後、記憶を失わされゼン・ゼンシティの首相として市の住人の生物情報を暗号化して管理しているところをシッタータらに助けられ、惑星開発委員会の最終目的地入り口を示す「アスタータ50」への案内人の役割を果たす[3]。阿修羅王は、りりしい中性的美少女として描かれている[4]

書籍編集

小説
漫画

評論編集

  • 宮野由梨香「阿修羅王はなぜ少女か 光瀬龍『百億の昼と千億の夜』の構造」 - 『SFマガジン』2008年5月号掲載。第3回日本SF評論賞受賞作。早川文庫(旧版)にあった特異な「作者あとがき」を足がかりにして、この作品と光瀬自身の人生とのかかわりについて論じている。

脚注編集

  1. ^ 『別冊新評』(新評社)1977年SUM・SF-新鋭7人特集号での手塚治虫との対談「SFマンガについて語ろう」で、本作を取り上げた原因を手塚から聞かれた萩尾は、「それはたまたま『(週刊少年)チャンピオン』の編集部に光瀬さんのファンがいて、(中略)『百億の昼と千億の夜』がよかったという話をしましたら、もし描くんだったら光瀬さんに頼んであげますよってわけです。」と語っている。
  2. ^ 光瀬龍は萩尾による漫画版について「原作が私自身のものだから、たいへん語りにくいのだが、実際、よくやったものだと思う。(中略)萩尾さんは萩尾さんのやりかたで原作を完全にわがものにし、乗り越えたと思う。」と記している。(『萩尾望都の世界 テレビランド増刊 イラストアルバム (6) 』(徳間書店)1978年 「孤独と情念の子・萩尾望都」より)
  3. ^ 『別冊新評』1977年SUM「SFマンガについて語ろう」(手塚治虫との対談)で萩尾は、「あの話は、イエス・キリストがずいぶん悪人になってるでしょう。でも私イエスがわりと好きなんで、すごく困ったんです。で、しょうがないから、イエスを悪人にして、ユダを生かそうと思ってるんです。」と語っている。
  4. ^ ダ・ヴィンチ1999年11月号での夢枕獏とのスペシャル対談で萩尾は、「(電話での打ち合わせで光瀬龍が)「ああ、そうそう、阿修羅王は……」と最後に言いだしたので、あれ何か注文かな、と思ったら、「男でしたっけ、女でしたっけ」と(笑)。光瀬さん自身も私が描いたような中性的なイメージで考えておられたのではないでしょうか。」と語っている。