百姓読み

偏や旁からの類推で漢字を間違った読み方をすること、憶測による誤読した読み方

百姓読み(ひゃくしょうよみ)、または慣用読み(かんようよみ)とは、漢字または(つくり)から類推して我流に読むこと[1]

概要

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音や訓の慣習によらず我流の読み方をすることとされ[2]、誤読として扱われる。田舎者、また、情緒を解さない者をののしっていう語としての「百姓[3]から、漢字の読み方を知らない教養のない者が読んでしまうことによる。

例えば「垂涎(すいぜん)」を「延(えん)」の読みから類推して、「すいえん」と読んだり、「鍼」の読みは「しん」であるが、これを「感」から「かん」、「減」から「げん」などと読んでしまうこと。

江戸時代から用いられている語である。江戸時代の用例を以下に示す。

享保前後に至り、仁齋、徂徠の二人いできて、かゝる古訓だにたえにたり、その甚しきに至りては、徂徠の說に、目と心とはかるなどいふは、世にいふ百姓讀だに、恥るにたえぬやうに成行くめり、豈あさましからずや 【以下略】
(上記の大意:伊藤仁斎荻生徂徠漢文訓読の伝統を破壊した。特に徂徠は伝統から著しく逸脱しており、俗にいう百姓読みの類で実に見苦しい。) — 山崎美成『海録』[4]より(文字強調と大意要約は引用者)
執筆時期は1820年文政3年)から1837年(天保8年)[注釈 1]
○百姓よみ 世俗に百姓よみと云ことあり、大抵はあたる者なれども、中には大に相違することあり、今その略をあぐ。 【以下略】 — 山本蕉逸『童子通』[6]より(文字強調は引用者)
底本は1839年(天保10年)出版[注釈 2]

百姓読みの例

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例語 本来の読み 百姓読み 解説
洗滌 せんでき せんじょう 百姓読みが誤りと意識されている例。
ただし、「同音の漢字による書きかえ」の「洗浄」は「せんじょう」の読み方に基づく。
矛盾 むじゅん ほことん[2] 大正時代の書籍で挙げられている例。
誤読ではなく故意だとの指摘あり(ホコトン#誤読か故意かを参照)。
絢爛 けんらん じゅんらん[2] 大正時代の書籍で挙げられている例。
口腔 こうこう[8] こうくう 百姓読みが誤りと意識されている例。
ただし、医学界では「口孔」と区別するために「こうくう」の読みを採用している[9][10]
矜持 きょうじ きんじ 百姓読みが誤りと意識されている例。
輸贏 しゅえい ゆえい 本来の読みと百姓読みが両立している例。
ただし、「運輸」「輸送」などでは「うんゆ」「ゆそう」の読みが一般化。
消耗 しょうこう しょうもう 百姓読みが慣用音として一般化した例[11]
ただし、「心神耗弱」は「しんしんこうじゃく」。
円匙 えんし えんぴ 百姓読みが専門用語として定着した例。
輸入 しゅにゅう ゆにゅう
輸出 しゅしゅつ ゆしゅつ
漏洩 ろうせつ ろうえい
捏造 でつぞう ねつぞう
稟議 ひんぎ りんぎ

脚注

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注釈

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  1. ^ 『海録』の校訂者(本居清造・伊藤千可良)の序文[5]による。
  2. ^ 楳塢老人(荻野楳塢こと荻野八百吉)による序文[7]に「天保己亥夏日」(=天保10年の夏) とあり、天保10年(1839年)であることがわかる。

出典

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  1. ^ 日本国語大辞典、第17巻(ひち-ほいん)、p.123、日本大辞典刊行会、小学館ISBN 978-4095220178、1976年4月15日第1版第2刷
  2. ^ a b c 松野又五郎(松野孤城)「第六章 重箱読みと湯桶読み百姓読み」『国語国文の常識』六合館、1925年、32頁。 オンライン版国立国会図書館デジタルコレクション)
    ただし、同書には「百姓」に関する差別的表現はなされていない。
  3. ^ 日本国語大辞典、第17巻(ひち-ほいん)、p.122、第4語義、日本大辞典刊行会、小学館ISBN 978-4095220178、1976年4月15日第1版第2刷
  4. ^ 山崎美成「巻二・五九 讀法幷訓點」『海録』国書刊行会、1915(大正4)年、61頁。NDLJP:945818/48 
  5. ^ 校訂者「例言」『海録』国書刊行会、1915(大正4)年、1頁。NDLJP:945818/3 
  6. ^ 山本蕉逸 著「童子通」、早稲田大学編輯部 編『漢籍国字解全書 : 先哲遺著 第7巻』1926(大正15)年、14頁。NDLJP:1020343/304 
  7. ^ 山本蕉逸 著「童子通 序」、早稲田大学編輯部 編『漢籍国字解全書 : 先哲遺著 第7巻』1926(大正15)年、2頁。NDLJP:1020343/296 
  8. ^ 公用文改善の趣旨徹底について p.3 最下段 「口腔(x)→口こう」、内閣閣甲第16号、内閣官房長官から各省庁次官宛て、1952年4月4日
  9. ^ ゆれる「腔」の読み 医学をめぐる漢字の不思議、漢字文化資料館、西嶋佑太郎、2019年12月10日、大修館書店
  10. ^ 西嶋佑太郎、「医学用語の考え方、使い方」、p.100 第4章医学用語各論 7.「腔」を「クウ」と読むのは間違いなのか、ISBN 978-4498148222中外医学社、2022-05-20
  11. ^ [1] 常用漢字表(2010年11月30日内閣告示)本表「モ-ヤ」のページ 「耗」の欄

関連項目

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外部リンク

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