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相木 崇(あいき たかし、1978年5月16日 - )は、熊本県熊本市西区出身の元プロ野球選手投手)。

相木 崇
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 熊本県熊本市西区
生年月日 (1978-05-16) 1978年5月16日(40歳)
身長
体重
184 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2000年 ドラフト4位
初出場 2002年7月21日
最終出場 2007年4月21日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

目次

来歴・人物編集

城西小学校4年生の時に野球を始めた[1]西山中学投手に転向し[1]熊本市立商業高等学校に進学。3年時に夏の県予選でベスト4に入っている。

高校卒業後は福岡大学体育学部に進学し、同学野球部に所属。2年生の時にサイドスローに転向して球威が増した[2]。3年春[3]と4年春[4]には九州六大学リーグMVPを獲得した。最速144km/h速球などが評価され[1]2000年のドラフト会議オリックスから4位で指名され入団。契約金は7000万円、年俸は800万円(金額はいずれも推定)だった[5]

1年目は1軍登板はなく2軍で9敗し、プロでは通用しないかも知れないと感じたという[6]2002年金田政彦戸叶尚の離脱もあって[7]7月21日に対ダイエー戦の先発投手として初登板したが、足がつって5回途中で降板[6]。2試合目の登板となった7月28日の対近鉄戦でプロ初勝利を完封で飾ると、8月5日の対ロッテ戦で2試合連続の完封を果たした。同年オフには第15回IBAFインターコンチネンタルカップ日本代表に選ばれている。

2004年先発ローテーションの一角に入り[8]、年末の選手分配ドラフトによりオリックス・バファローズに配分された。2005年オフに前川勝彦との交換トレードで阪神へ移籍し、現状維持の年俸1,900万円(推定)で契約を更改している[9]。中継ぎとして起用されたが、2007年オフに戦力外通告を受けた。

山本隆之に次ぐ先発の柱と抑えの確立を求めていた社会人野球松下電器に誘われ、2008年1月1日付けで入社した[10]。同年の都市対抗予選では4試合全てに登板して1失点に抑える[11]など、リリーフとして活躍した。その後2011年限りで退部し、社業に就いている。

選手としての特徴編集

ひざの高さから球が出るサイドスローで、打者からは手元で浮き上がるように感じられるという[12]速球は140km/hと速くはないが、ナチュラルに変化する[10]。右打者に対しては内角を強気に攻め[12]、外角へのスライダーとのコンビネーションで緩急をつけている[6]

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2002 オリックス 15 7 2 2 0 2 4 0 -- .333 198 47.1 47 9 16 0 2 25 0 0 26 26 4.94 1.33
2003 9 5 0 0 0 0 3 0 -- .000 146 28.2 55 5 9 0 1 12 0 0 39 35 10.99 2.23
2004 37 5 0 0 0 3 5 1 -- .375 364 82.1 92 6 36 2 8 48 4 0 49 49 5.36 1.55
2005 12 1 0 0 0 0 1 0 1 .000 111 25.0 33 0 5 0 1 11 1 0 15 12 4.32 1.52
2006 阪神 13 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 54 12.2 12 1 4 0 2 8 0 0 3 1 0.71 1.26
2007 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 14 3.0 5 0 1 0 0 0 1 0 2 2 6.00 2.00
通算:6年 90 18 2 2 0 5 13 1 2 .278 887 199.0 244 21 71 2 14 104 6 0 134 125 5.65 1.58

記録編集

背番号編集

  • 38 (2001年 - 2005年)
  • 48 (2006年 - 2007年)

脚注編集

  1. ^ a b c 毎日新聞、2000年11月18日付朝刊、福岡地方面
  2. ^ 毎日新聞、2001年1月12日付朝刊、熊本地方面
  3. ^ 読売新聞、1999年5月24日付朝刊、福岡地方面
  4. ^ 読売新聞、2000年5月22日付朝刊、福岡地方面
  5. ^ 朝日新聞、2000年11月30日付朝刊、P.18
  6. ^ a b c 毎日新聞、2002年7月29日付朝刊、P.15
  7. ^ 朝日新聞、2002年7月29日付朝刊、P.14
  8. ^ 読売新聞、2004年12月30日付朝刊、P.16
  9. ^ 読売新聞、2005年11月23日付朝刊、P.19
  10. ^ a b 毎日新聞、2008年1月23日付夕刊、P.3
  11. ^ 毎日新聞、2008年8月29日付朝刊、P.19
  12. ^ a b 毎日新聞、2002年9月25日付朝刊、P.19

関連項目編集

外部リンク編集