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真中 満(まなか みつる、1971年1月6日 - )は、栃木県大田原市出身の元プロ野球選手外野手)、コーチ監督野球解説者野球評論家

真中 満
Mitsuru Manaka 2015-10-27 (23389189443).jpg
2015年10月27日 日本シリーズ第3戦勝利監督インタビューにて(明治神宮野球場)にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県大田原市
生年月日 (1971-01-06) 1971年1月6日(48歳)
身長
体重
170 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1992年 ドラフト3位
初出場 1993年9月3日
最終出場 2008年10月12日(引退試合)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
  • 東京ヤクルトスワローズ (2009 - 2017)

来歴編集

プロ入り前編集

大田原小5年の時に野球を始め、宇都宮学園(現 文星芸術大学附属高等学校)時代は、3番を打ち、4番の高嶋徹と共に3年時の1988年に春夏連続で甲子園に出場。第60回選抜大会はベスト4、第70回全国選手権は3回戦で敗退。

卒業後、日本大学経済学部経済学科(一部)[1]に進学(同期生に渡邉博幸がいる)。1年秋の入れ替え戦ではサヨナラ本塁打を打った。4年春に打率.386、13打点で2冠を獲得。東都大学リーグ通算71試合出場、260打数78安打、打率.300、8本塁打、41打点。ベストナイン4回。尚、現在福岡ソフトバンクホークスでバッティングピッチャーの門奈哲寛とは日大の同期である。

現役時代編集

1992年度ドラフト会議にてヤクルトスワローズから3位指名を受けて入団。1996年ヘルニア手術のため7試合の出場に終わったが、1997年は怪我の飯田哲也に代わり1番を担い、リーグ優勝・日本一に貢献する。1998年には初の規定打席に到達し、1999年にはプロ入り初の打率3割を達成。2001年は打率.312でリーグ優勝、日本一に貢献した。

野村克也監督率いるヤクルトの黄金期では真中はセンターのポジションを名手・飯田と争っていたため、飯田が故障で戦列を離れた際の代役扱いだった。しかし飯田が繰り返して怪我をするようになり立場が逆転し、98年からはレギュラー外野手としてライト、センターを守るようになった。2001年の日本シリーズ第3戦、3打席目に近鉄バファローズ香田勲男から打席で一回転するような特異なフォーム、体勢でホームランを放ち、「大回転打法」と話題になる。 2005年は青木宣親の台頭でレギュラー争いが再び激化。今度はリーグの最多安打記録を塗り替える青木の大活躍で出場機会が減ってしまうが、真中には勝負強いバッティングを生かすため代打の切り札という新たな役割が与えられた。代打でも3割バッターとして遜色のない働きを見せ、2007年には日本記録となるシーズン代打起用回数98回・代打のみで31安打を記録するなど“代打職人”、“代打の神様”と称される選手となった。この代打起用回数・代打安打数は2017年現在未だに破られていない。2008年は14打数1安打(打率.071)に終わり、同年限りで現役を引退。

現役引退後編集

引退後、真中は翌2009年からはヤクルトの二軍打撃コーチを務める。2010年シーズン終盤、猿渡寛茂二軍監督らの契約満了に伴い、二軍監督代行としてフェニックス・リーグの指揮を取った。その後は11月1日付で2011年度シーズンの二軍監督就任が正式に発表された。2013年イースタン・リーグ優勝を果たした。

2013年10月23日2014年シーズンより一軍チーフ打撃コーチに就任することが発表された[2]

ヤクルト監督時代編集

2014年10月8日小川淳司の後任としてヤクルトの新監督に就任することが発表された[3]

2015年は巨人などと終盤まで優勝争いを繰り広げた末、10月2日に神宮球場で行われた阪神タイガースとの最終戦で延長11回裏に雄平タイムリーヒットでサヨナラ勝ちを収め、史上稀にみる大混戦のセ・リーグを制してチームを14年ぶりにリーグ優勝に導き、就任1年目にして優勝監督になった。前年最下位からのリーグ優勝はセ・リーグでは39年ぶりの快挙だった。クライマックスシリーズのファイナルステージでは、ファーストステージ勝者の巨人と対戦。初戦こそ落としたものの、2戦目以降は3連勝、対戦成績4勝1敗(アドバンテージの1勝を含む)で初のクライマックスシリーズ制覇を果たし、14年ぶりの日本シリーズ進出を果たす。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズは1勝4敗で敗退。

2015年10月22日ドラフト会議では、1位指名の高山俊(当時明治大学)を巡って阪神と競合し、阪神監督の金本知憲とのくじ引きの結果、真中がガッツポーズし交渉権獲得と思われたが、その後真中の確認ミスが発覚し阪神が交渉権を獲得した[4]。この一件がもとで真中はこの年のゆうもあ大賞を受賞している[5]

しかし、2016年は優勝時のレギュラーであった畠山和洋が故障離脱するなどして5位と大きく成績を落とす。

2017年は畠山がシーズン開幕早々またも故障離脱したのに加えて、同じく優勝時のレギュラーである川端慎吾が手術で一軍出場なし、前年にNPB史上初の2年連続トリプルスリーを達成した山田哲人のシーズン打率が.250にすら届かないなど打線のつながりを欠き、投手陣もエース格の小川泰弘石川雅規が不調で二桁勝利投手ゼロと完全崩壊し、NPB史上66年ぶりの10点差逆転勝利(7月26日)など明るい話題もあったものの、最終的に球団ワーストの96敗・NPB史上61年ぶりの前半戦における2度の二桁連敗などを喫するという散々な結果となり、シーズン途中の8月22日に真中の辞任が発表され[6][7]、シーズン全日程終了後に真中は監督を退任した。

監督退任後編集

2017年12月17日、出身地である大田原市は同市の美原公園第2球場の愛称を「真中満記念球場」とすると発表した[8]2018年からはフジテレビBSフジフジテレビONEを含む)・ニッポン放送TBSテレビBS-TBSTBSチャンネルを含む)テレビ朝日BS朝日含む)の野球解説者とサンケイスポーツの野球評論家に就任(いずれも専属ではない)。

2019年現在はジャパンスポーツマーケティングがマネージメントを請け負っている[9]

選手としての特徴編集

真中はプロ野球選手としては背丈は高くなかったが、確実な打撃とパンチ力を兼ね備え、大学時代は若松二世と呼ばれた[10]50メートル走のタイムは6秒1の俊足で[10]、1998年元日に放送された『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』での50メートル走では6秒52を記録している[11]

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1993 ヤクルト 21 45 44 3 12 2 0 0 14 1 1 1 0 0 1 0 0 7 0 .273 .289 .318 .607
1994 27 82 76 9 25 3 1 1 33 6 0 0 2 1 3 1 0 12 0 .329 .350 .434 .784
1995 99 137 126 14 27 1 1 1 33 13 10 3 6 0 4 1 1 8 5 .214 .244 .262 .506
1996 7 10 9 1 3 0 0 0 3 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 .333 .400 .333 .733
1997 87 250 228 40 77 11 3 3 103 19 8 2 5 0 15 0 2 32 2 .338 .384 .452 .835
1998 133 561 495 57 136 20 8 5 187 27 12 8 30 1 29 0 4 56 2 .275 .319 .378 .697
1999 133 574 516 71 159 33 2 7 217 46 8 6 7 3 46 7 2 38 4 .308 .365 .421 .786
2000 119 495 463 53 129 16 4 9 180 41 5 3 6 1 23 5 2 33 8 .279 .315 .389 .704
2001 123 498 449 61 140 26 1 7 189 36 7 3 5 2 38 9 4 40 6 .312 .369 .421 .790
2002 89 387 367 39 91 13 0 4 116 25 2 2 2 1 16 1 1 33 4 .248 .281 .316 .597
2003 121 390 369 49 108 21 3 6 153 48 6 1 2 3 13 1 2 37 7 .293 .318 .415 .732
2004 91 268 246 36 67 7 2 4 90 20 1 3 5 0 17 0 0 34 2 .272 .319 .366 .685
2005 99 244 225 20 68 12 0 5 95 28 2 1 3 1 15 2 0 29 11 .302 .344 .422 .767
2006 99 194 172 13 41 8 0 1 52 15 1 0 7 3 11 0 1 19 5 .238 .283 .302 .586
2007 105 125 119 11 38 6 0 1 47 10 0 0 0 1 5 0 0 13 5 .319 .344 .395 .739
2008 15 14 14 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .071 .071 .071 .143
通算:16年 1368 4274 3918 477 1122 179 25 54 1513 335 64 33 80 17 237 27 19 394 61 .286 .329 .386 .715

表彰編集

記録編集

通算監督成績編集

リーグ公式戦



























2015年 ヤクルト 1位 143 76 65 2 .539 - 107 .257 3.31 44歳
2016年 5位 143 64 78 1 451 25.5 113 .256 4.73 45歳
2017年 6位 143 45 96 2 319 44.0 95 .234 4.21 46歳
通算:3年 429 185 239 5 .436 Aクラス1回、Bクラス2回
ポストシーズン
年度 球団 大会名 対戦相手 勝敗
2015年 ヤクルト セ・リーグクライマックスシリーズ
ファイナルステージ
読売ジャイアンツ
(セ・リーグ2位)
4勝1敗=日本シリーズ進出
(※1)
日本シリーズ 福岡ソフトバンクホークス
(パ・リーグ1位)
1勝4敗=敗退
  • 勝敗の太字は勝利したシリーズ
※1 リーグ優勝したチームに与えられるアドバンテージの1勝を含む。

背番号編集

  • 31 (1993年 - 2008年)
  • 77 (2009年 - 2017年)

関連情報編集

著書編集

  • できない理由を探すな! スワローズ真中流「つばめ革命」ベースボール・マガジン社、2016年3月。ISBN 978-4583109732

脚注編集

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  1. ^ NU Baseball プロ野球校友監督対談 和田豊監督×真中満監督」『スポーツ日大』Vol.3、日本大学本部保健体育事務局、2015年4月、 4 - 9頁、2015年9月28日閲覧。
  2. ^ 2014年コーチングスタッフについて[リンク切れ]
  3. ^ 真中新監督が就任会見! 「チーム一丸となって必ずやいい方向へ」”. 東京ヤクルトスワローズ (2014年10月8日). 2015年10月3日閲覧。
  4. ^ 真中監督、外れなのにガッツポーズ 金本監督は起死回生 - 朝日新聞デジタル(2015年10月22日19時35分)
  5. ^ 真中監督 ドラフトくじ勘違いで「ゆうもあ大賞」受賞「救われた」 - スポーツニッポン、2015年12月9日配信
  6. ^ 真中満監督が今季限りでの辞意を表明” (2017年8月22日). 2017年8月22日閲覧。
  7. ^ ヤクルト真中監督が辞任発表「来季預かったところで正直勝つ自信はありません」” (2017年8月22日). 2017年9月3日閲覧。
  8. ^ 栃木・大田原市に「真中満記念球場」!24日同球場で命名式” (2017年12月18日). 2018年1月8日閲覧。
  9. ^ [1]
  10. ^ a b 【9月15日】2007年(平19) 新“代打の神様”真中「オレらしく」日本記録達成!”. Sponichi Annex. 2014年5月12日閲覧。
  11. ^ 樋口潮『跳び箱神話part2 最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNO.1決定戦 総集編』レゾナンス出版、1999年、203 - 204頁。ISBN 4-947735-07-4

関連項目編集

外部リンク編集