矢島局

徳川家綱の乳母

矢島局(やじまのつぼね、生没年不詳)は、江戸時代幕府4代将軍徳川家綱乳母である。旗本矢島氏の祖。父は木曽氏流八島氏。夫は豊田清左衛門。名跡相続者は矢島義充(豊田清左衛門の子)。

生涯編集

近江国八島を発祥とする木曽氏の支流である八島氏の出身で牧野備前守の家臣である豊田清左衛門の妻となる。なお、娘のお島(のち旗本牧野八左衛門の妻)を家綱の側室に勧めたともいわれているが、実際にはそのような事実はない。

夫の豊田清左衛門に先立たれた後に寛永18年(1641年)、徳川家光の長男・家綱(幼名: 竹千代)が生まれ、松平信綱が面接を行なった家綱の乳母選びにて見事採用された。当初は八島と称する。

慶安3年(1650年)、家綱が将軍世子として生母・お楽の方と共に西の丸に入ると、矢島も付き添って西の丸大奥に入り、御年寄の地位に昇って、矢島局と名乗るようになる。

矢島局を家祖として旗本矢島氏が創始され、豊田清左衛門の息子である義充が矢島局の名跡を継承する。義充は寛文7年(1667年)に家綱に召し出されて小姓組士となる。

人物編集

家綱が将軍宣下を受けてからは、本丸大奥に入り、御年寄として大奥を取り仕切ったといわれているが、その事績の多くは知られていない。乳母として奉公をはじめる際に夫の俸給を詐称したり、病弱な家綱に取り入って政治的発言力を有していたとされる。家綱正室の浅宮顕子上臈御年寄の姉小路、飛鳥井などと対立したとする説もある。こうした経緯から奸智な女性として描かれることが多い。

矢島局が登場する作品編集

テレビドラマ編集

映画編集

漫画編集

参考文献編集

  • 雲村俊慥 『大奥の美女は踊る』 PHP研究所2006年
  • 高柳金芳 『大奥の秘事』 雄山閣2003年
  • 『新訂寛政重修諸家譜 第18』(続群書類従完成会、編集顧問、高柳光寿、岡山泰四、斎木一馬、1965年)
    • 寛政重修諸家譜 巻第千二百二十九