石川 元光(いしかわ もとみつ)は、平安時代後期の武将安芸守源有光の三男。官位従四位上大膳大夫大和源氏の流れを汲む陸奥石川氏3代当主。

 
石川元光
時代 平安時代後期
生誕 康平元年10月7日1058年10月26日[1]
死没 康和元年9月4日1099年9月20日
改名 元光→基光→元光
官位 従四位下治部大輔、従四位上、大膳大夫
氏族 陸奥石川氏
父母 父:源有光
兄弟 大寺光祐光平元光矢吹光孚
奈目津光房平武綱室、赤坂光度
成田光助、女子、吉田有祐中畠光幹
正室:舘野将文
光忠光義季康政光忠重義基
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略歴編集

基光と改名するが、父・有光の隠居によって3代当主となり従四位下治部大輔に任ぜられたことで元光の名に復した。

寛治元年(1087年)、源義家清原武衡を攻めると、兵を率いて参陣し出羽国金沢柵を攻める。その時の軍功により、田川郡を与えられた。

嘉保2年(1095年)、一族と共に上洛して自らは従四位上大膳大夫、異母兄・大寺光祐は従五位下遠江守、泉光平は従五位下加賀守(後に蔵人となり加賀蔵人と呼ばれる)、弟・矢吹光孚は従五位下下野守、奈目津光房は従五位下石見守にそれぞれ任じられた。

系譜編集

石川元光┳光忠(成福院住持)
    ┣光義(4代目当主)
    ┣季康
    ┣三男(早世)
    ┣政光(従五位下近江守)
    ┣忠重(早世)
    ┣六男(早世)
    ┗義基(従五位下左衛門佐)

脚注編集

  1. ^ 『石川郡誌』(福島県石川郡役所、1923年)27頁