石川 光長(いしかわ みつなが、生年不詳 - 正応3年12月8日1291年1月9日))は、鎌倉時代の武将。大和源氏の流れを汲む陸奥石川氏9代目当主。石川光貞の長男。元盛、伊賀光春、光助らの父。従五位下大和守、従四位下左馬頭。夫人は太田頼遠の娘。

幼名は虎松丸。元服後に光長と改め、従五位下大和守に任じられる。

弘安4年(1281年)、元軍の襲来(元寇)を聞くと、一族と配下の兵とともに六波羅の軍に属して京都防衛に努め、宇都宮公綱に従って大宰府の防衛に加わった。戦功により、従四位下左馬頭に任じられる。


系譜編集

石川光長┳長男(早世)
    ┣元盛(第10代当主)
    ┣長女(早世)
    ┣伊賀光春
    ┣光助(丹波守)
    ┣五男(早世)
    ┗次女(新田朝義室)