石川 総貨(いしかわ ふさとみ)は、常陸下館藩の第8代藩主。伊勢亀山藩石川家支藩10代。

 
石川総貨
時代 江戸時代後期
生誕 文政2年10月9日1819年11月26日
死没 嘉永2年9月12日1849年10月27日
改名 徳之助
戒名 林晃院殿総貨日清大居士
墓所 東京都北区田端の大久寺
官位 従五位下、近江
主君 徳川家斉家慶
常陸下館藩
氏族 石川氏
父母 父:石川総承、母:某氏
兄弟 総貨、総詮、娘(津田信義継室)
正室:加納久儔の娘
総管、娘(大給松平乗謨正)
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生涯編集

文政2年10月9日(1819年11月26日)第7代藩主・石川総承の長男として誕生した。天保7年12月5日(1837年1月11日)父の隠居により家督を継ぐ。老中水野忠邦の推挙により、早くに御用番となった。天保8年(1837年)、大飢饉により領内が荒廃し、被害は領民が12,000人から6,000人、負債額が35,000両に上るという莫大なものであったと言われている。このため、総貨は二宮尊徳に教えを請い、尊徳仕法によって藩財政を再建しようと努力した。嘉永2年9月12日(1849年10月27日)死去し、跡を子の総管が継いだ。