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石川 義宗(いしかわ よしむね)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将伊達氏一門。石川昭光の嫡子。子は宗敬角田石川家第2代当主。

 
石川義宗
時代 安土桃山時代 - 江戸時代初期
生誕 天正5年5月10日1577年5月27日[1]
死没 慶長15年11月30日1611年1月13日
主君 伊達政宗
仙台藩
氏族 角田石川家
父母 父:石川昭光、母:照子(石川晴光長女)
兄弟 義宗、久五郎、小川隆尚小川隆直の養子)、大塚隆重室、蓬田正次
静子(赤坂光顕娘)
宗敬
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父・昭光は伊達晴宗の四男であり、(「義宗」)の「宗」の字は伊達氏通字を使用したものである(「義」の字は父と同じく足利義昭から与えられたものとされる)。よって、伊達氏の男系子孫となるが、母・照子は石川晴光の長女でありそれまでの石川氏の血も引いている。

天正18年(1590年)、従兄の伊達政宗に石川氏の所領安堵につき浅野長政への斡旋を依頼する書簡を送る。父・昭光と共に伊達氏に仕え、昭光が伊達成実の出奔後に陸奥国伊具郡角田城主となった際には、2,000石の知行を与えられた。

慶長8年(1603年)に父の隠居に伴って家督を継ぐも、慶長15年(1610年)に病死した。享年34。

家督を継いだ嫡男・宗敬はまだ幼く、父・昭光が後見人として政務を執り行った。

脚注編集

  1. ^ 『石川郡誌』では天正2年(1574年)生まれとされているが、享年は34であるため誤記。

参考文献編集

  • 『石川氏一千年史』(角田市、1985年)
  • 『伊達世臣家譜』(宝文堂、1975年)
  • 『伊達治家記録』(宝文堂、1972年)
  • 『石川郡誌』(福島県石川郡役所、1923年)36頁
先代:
石川昭光
角田石川家
第2代
次代:
石川宗敬