石巻赤十字病院

日本の宮城県石巻市にある医療機関

石巻赤十字病院(いしのまきせきじゅうじびょういん)は、宮城県石巻市にある医療機関である。日本赤十字社宮城県支部が設置する病院である。「石巻日赤病院(いしのまきにっせきびょういん)」とも通称される。

Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 石巻赤十字病院
Ishinomaki RedClossHospital.JPG
(2010年4月)
情報
正式名称 石巻赤十字病院
英語名称 Japanese Red Cross Ishinomaki Hospital
前身 宮城県立宮城病院石巻分院
標榜診療科 内科、小児科、神経内科、外科、整形外科、形成外科、脳神経外科、呼吸器外科、心臓血管外科、小児外科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、皮膚科、泌尿器科、リハビリテーション科、放射線科、麻酔科、呼吸器内科、消化器内科、循環器内科、乳腺外科
許可病床数

464床
一般病床:460床


感染症病床:4床
機能評価 一般病院2(200~499床)(主たる機能):3rdG:Ver.1.1
開設者 日本赤十字社宮城県支部(宮城県知事
管理者 石橋 悟(院長)
開設年月日 1873年明治6年) 県立宮城病院石巻分院
1926年大正15年)10月 石巻赤十字病院
所在地
986-8522
宮城県石巻市蛇田字西道下71番地
位置 北緯38度27分33秒 東経141度16分47秒 / 北緯38.45917度 東経141.27972度 / 38.45917; 141.27972 (石巻赤十字病院)座標: 北緯38度27分33秒 東経141度16分47秒 / 北緯38.45917度 東経141.27972度 / 38.45917; 141.27972 (石巻赤十字病院)
二次医療圏 石巻[1]
PJ 医療機関
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赤十字の標章

概要編集

病院は三陸自動車道 石巻女川ICに隣接している。2015年10月までは救急車緊急退出路が設置されていた。三陸自動車道の北への延伸とともに、診療対象となる居住エリアの広さは年々拡大している[2]

沿革編集

診療科編集

  • 併設施設 仮設病棟…50床 [5]

医療機関の指定等編集

(下表の出典[6]

保険医療機関 母体保護法指定医の配置されている医療機関
労災保険指定医療機関 地域医療支援病院
指定自立支援医療機関(更生医療) 災害拠点病院
指定自立支援医療機関(育成医療) へき地医療拠点病院
指定自立支援医療機関(精神通院医療) 救命救急センター(24床[7]
身体障害者福祉法指定医の配置されている医療機関 臨床研修病院
精神保健指定医の配置されている医療機関 特定行為研修指定研修機関
生活保護法指定医療機関 がん診療連携拠点病院
結核指定医療機関 特定疾患治療研究事業委託医療機関
指定養育医療機関 DPC対象病院
原子爆弾被害者一般疾病医療取扱医療機関 地域周産期母子医療センター
第二種感染症指定医療機関[8]

東日本大震災における対応編集

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震、またそれに伴う津波の影響で、石巻市は甚大な被害が出た。発災と同時に、石巻赤十字病院は災害拠点病院としてあらかじめ用意してあったマニュアルに従い、全職員が配置につきトリアージと治療の準備を完了。多くの救急患者が運び込まれ、最大で震災2日後には1日1251人もの急患が運び込まれた。病院はロビーのソファーや廊下の床も含め、運び込まれた患者と付き添いの親族らで一杯になった[12]

本来、石巻市では地震などの災害時、市内116の医療機関が連携して対応するはずであったが、大津波の影響により、旧北上川河口にあった石巻市立病院をはじめとしたほぼ全ての医療機関が機能停止(診療継続が可能な医療機関は石巻赤十字病院を含めて、わずか5施設となっていた。そのうち、高度救命救急医療に対応可能な施設は石巻赤十字病院だけだった。)。大津波の到達もなく、また、災害拠点病院として、自家発電や緊急時の水などを備えた石巻赤十字病院が石巻都市圏20万人を一手に背負うことになった。全国から120人ほどの医師が石巻赤十字病院に応援に駆けつけ、当院職員と共に対応に当たった。

しかし、災害医療の専門的な訓練を受けてきた医師たちも、かつて体験したことのない災害において、次々と新たな困難に直面する。特に、市役所の行政機能がほぼ停止状況に追い込まれたことにより、避難所の様子がまともに把握できなかった時には、石巻赤十字病院にいた医療スタッフを総動員して、300か所以上の避難所にいる約7万人もの避難民をしらみつぶしに調査するという、前代未聞のローラー作戦を行った。避難所によっては、避難した看護師等がかき集めてきた薬でなんとか医療サービスを維持していた避難所もあり、35か所の避難所では震災から10日経っても食糧さえも確保できない事実がわかった。

3月下旬になっても通常の5倍もの1日300人程の患者が石巻赤十字病院に押し寄せ、その多くは避難所の劣悪な環境による肺炎や感染性の胃腸炎を発病していた。医師による避難所の調査では、水がなく手も洗えない、排泄物も流せない等、劣悪な衛生環境の避難所が3月下旬時点でも100か所以上あった。石巻赤十字病院は、あふれる患者を被災地以外の病院に転院させるなどの対応を図る。災害関連死を含めた当院における死者は、地震後3か月で264人に上る。

震災時の院長である飯沼一宇が、震災発生時の様子や対応などについて、復興をテーマに2011年10月30日に開催されたカンファレンスTEDxTohokuにて講演を行っている。当該講演では、旧北上川の過去の氾濫を鑑みて、3メートルの盛り土をした上に病院を建設した結果、津波の被害を免れることができたことなど、当病院独自の様々な災害対策についてスピーチが行われている。なお、このスピーチの模様はYoutubeで公開されており閲覧することができる[13]

なお、当時の医療社会事業部長は在京大手メディアによる営業に対し、苦言[14] を呈している。

交通アクセス編集

JR石巻駅前・4番のりばからミヤコーバス。運行時刻は宮城交通公式サイト「石巻地区路線バス時刻表」(河南線・中里線・三陸線・日赤渡波線)を参照。

  • 日赤病院行
  • 日赤病院(・鹿又駅前)経由飯野川行
  • 日赤病院経由イオンモール石巻
  • 日赤病院・イオンモール石巻経由河南総合支所行

なお、イオンモール石巻には、仙台と石巻を結ぶ高速バス仙台 - 石巻線」が発着。タクシーのりばも併設。

参考編集

書籍編集

  • 石巻赤十字病院、由井りょう子 『石巻赤十字病院の100日間』 小学館、2011年、ISBN 9784093882071
  • 石巻赤十字病院、石井 正 『東日本大震災 石巻災害医療の全記録 「最大被災地を医療崩壊から救った医師の7ヵ月」』講談社、2012年、ISBN 9784062577588

ドキュメンタリー編集

  • NHKスペシャル「果てなき苦闘 巨大津波 医師たちの記録」(2011年7月2日、NHK)[15]

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 地域医療計画「二次医療圏」(宮城県)
  2. ^ 【登米IC開通1年後】安全で迅速な救急搬送を支援 -登米市から石巻赤十字病院への救急搬送件数が27%増加- ~仙台河川国道事務所~
  3. ^ 三陸縦貫自動車道「救急車退出路」の整備が始まります。 ~三陸沿岸地域の医療活動の迅速化を目指して~(国土交通省東北地方整備局仙台河川国道事務所 2006年2月6日)
  4. ^ 三陸道 「救急車退出路」 迅速・安静・安全な搬送を 実現・実感 "宮城県初"の運用開始から1ヶ月 ~利用状況・救急隊員アンケート結果~(国土交通省東北地方整備局仙台河川国道事務所 2006年7月7日)
  5. ^ 日テレNEWS24[リンク切れ]
  6. ^ 宮城県医療機能情報提供システム みやぎのお医者さんガイド”. 宮崎県医療政策課. 2020年8月20日閲覧。
  7. ^ 病院の概要”. 石巻赤十字病院. 2020年8月20日閲覧。
  8. ^ 厚生労働省HP 第二種感染症指定医療機関の指定状況(平成23年4月1日現在)
  9. ^ 国土交通省 海事局(船員の健康証明書制度について)(平成24年3月16日現在)
  10. ^ 原子力災害拠点病院及び原子力災害医療協力機関の一覧 令和2年8月1日現在”. 原子力規制委員会. 2020年8月19日閲覧。
  11. ^ 病院評価結果の情報提供”. 公益財団法人日本医療機能評価機構. 2020年8月19日閲覧。
  12. ^ 震災関連死の疑い282人…読売新聞3県病院調査 : 医療ニュース : yomiDr./ヨミドクター (読売新聞)
  13. ^ TEDxTohokuでの飯沼一宇院長の講演(Youtubeによる動画)
  14. ^ 『「対岸の火事に油を注ぐ」ようなニュースの羅列に辟易した。例えば、政府や電力会社の非をひたすらあげつらう、街が津波に襲われる映像を延々と流し続ける、被災者に無遠慮にマイクを向ける、といった具合。「火を消す意思」が感じられない報道には腹が立った。』、山陽新聞、2011年10月15日
  15. ^ 果てなき苦闘 巨大津波 医師たちの記録”. NHK. 2021年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月12日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集