石母田 達(いしもだ たつ、1924年5月11日 - )は日本政治家労働運動家。元衆議院議員日本共産党公認、1期)。日本共産党名誉幹部会顧問[1]。石巻市長を務めた石母田正輔の五男[2]。兄は国民的歴史学運動で知られる歴史学者石母田正

来歴編集

宮城県石巻市出身[3]東京高等工芸学校(現千葉大学工学部)卒業[3]後、池貝鉄工所に就職[4]第二次世界大戦中は相模補給廠相模原市淵野辺)に属し、陸軍技術将校として誘導爆弾特攻兵器製作に携わる[5]。自らも特攻乗員となり出撃の日を待ちながら終戦を迎えた[4]

復員後は池貝鉄工所に戻り、旋盤技師を務める傍ら日本共産党へ入党。兄の正に諭され同所の労働組合長に立候補し、1票差で対立候補を交わし組合長に当選する[4]。その後、日本共産党神奈川県常任委員、同党横浜市委員会委員長[3]を経て、1972年第33回衆議院議員総選挙旧神奈川1区から出馬し初当選を果たす。トップ当選であった。当選1回。

政歴編集

著書編集

脚注編集

関連項目編集