石津神社(いしづじんじゃ)は、大阪府堺市堺区にある神社石津大社とも呼ばれる。「日本最古の戎宮」と称している。えびす神は一般的に耳が遠いとされており、石津神社では本殿横に木槌で叩いて願い事を唱える板が設置されている。大祓(おおはらえ)の時期には茅の輪が備えられる。

石津神社
Ishizu-jinja haiden.jpg
所在地 大阪府堺市堺区石津町1丁15-21
位置 北緯34度33分15.8秒
東経135度27分44.1秒
座標: 北緯34度33分15.8秒 東経135度27分44.1秒
主祭神 八重事代主神
大己貴神
天穂日神
社格 式内社(小)
創建 伝・孝昭天皇7年8月10日(紀元前469年
本殿の様式 春日造
例祭 10月4日、5日
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歴史編集

社伝では、八重事代主神が五色の石を携えてこの地に降臨したとしており、そこから石津の地名ができたという。孝昭天皇7年8月10日に勅願により創建されたという式内社石津太神社(いわつのおおじんじゃ)に比定されている。石津太神社については、同市西区浜寺石津町中の石津太神社(いわつたじんじゃ)も論社となっており、元々はどちらかが本社、どちらかが御旅所か分社であったと考えられている。両社とも八重事代主神(戎神)降臨の地として、「日本最古の戎宮」を称している。

八重事代主神が携えた石は神社の前に埋められており、天変地異のある時には地面から出て浮き上がると伝えられる。また、蛭子命が漂着されたと伝承される御旅所は石津川北岸の元海岸の地にある。

垂仁天皇の時代に天穂日神の子孫である野見宿禰が神主となったとしている。

江戸幕府将軍徳川綱吉より元禄10年(1697年)に朱印地を賜り、河内四郡及び堺の付近は悉く当社の氏子とされたという。

1909年明治42年)の神社合祀で、神石村大字市の六所神社を合祀し、相殿神として祀られている。

祭神編集

境内編集

神紋編集

アクセス編集

関連項目編集

外部リンク編集