砂田圭佑

砂田 圭佑(すなだ けいすけ、1933年11月21日 - 2015年9月6日)は、日本政治家衆議院議員(3期)を務めた。

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来歴編集

兵庫県神戸市出身。おじの砂田重政、従兄の砂田重民も衆議院議員を務めている。

中央大学経済学部卒業後、議員秘書などを歴任し、第40回総選挙に砂田重民の後継候補として自民党公認で旧兵庫1区より出馬したが落選。次の第41回総選挙では兵庫1区で敗れたものの、比例近畿ブロックで自民党名簿1位で復活し初当選。

第42回総選挙においても同様に小選挙区では新進党民主党石井一に敗れての比例復活当選となる。第43回総選挙において、石井を破り小選挙区から初めて当選する。

2004年10月以降、個人や業者から貸金や約束手形金の支払いを求める訴訟を神戸地裁に起こされたり議員歳費を差し押さえられる[1]など借入金問題が表面化したため地元から引退勧告が出るなどしたが、第44回総選挙には無所属で出馬し、落選した。さらに無所属出馬の咎で自民党から離党勧告がだされ、離党した[2]

2014年旭日重光章受章。

2015年9月6日、心室細動のため死去[3][4]。81歳没。

当時のスタッフ(秘書や事務員)は神戸市東灘区住吉神社南側のGODAIビル3Fで新栄株式会社を営業して順調に業績を上げている。

政歴編集

務めた役職編集

  • 環境大臣政務官
  • 財務大臣政務官 (2回)
  • 自民党政調副会長
  • 自民党国対副委員長
  • 自民党兵庫県連会長

その他編集

  • 派閥としては旧河本派→高村派に所属していた。
  • アフリカ諸国議員連盟の活動に積極的であった。
  • 外国人参政権ならびに人権擁護法案には慎重姿勢をとっていた。また、北朝鮮経済制裁には一貫して積極的であった。郵政民営化では綿貫民輔に接近したものの賛成の立場をとった。
  • 一方選択的夫婦別姓制度には賛同していた[5]
  • ミサイル防衛システムの導入に一貫して積極的な姿勢をとってきた。
  • 財務大臣政務官在任中の平成13年に住宅ローン減税制度創設に尽力した。

脚注編集