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概要編集

大新聞社の後継者争い、内幕をシニカルに描いたブラックコメディ[2]。会社版『仁義なき戦い[3]

あらすじ編集

全国紙の「太陽新聞」内部では太田垣会長派と岡部社長派の間で派閥争いが激化していた。ある日、定例役員会で社長派から太田垣会長の代表権と名誉会長職の解任が提出され、取締役販売局長の鷲尾平吉の棄権により一票差で可決された。太田垣はショックで緊急入院。社長派が喜んだのも束の間、今度は岡部社長が芸者相手に腹上死。社内は大混乱に陥り、さらに社葬の実行委員長として鷲尾が命ぜられる[4][5]

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スタッフ編集

製作経緯編集

企画編集

企画、及び映画タイトルは当時の東映社長・岡田茂[6]。1987年6月の鶴田浩二葬儀で葬儀委員長を務めた岡田が本作のアイデアを思いつき、松田寛夫に「このタイトルでシナリオを書いてみろ」と指示した[6]。 

脚本編集

松田と奈村協妹尾啓太両プロデューサーでチームが組まれ脚本が練られた。毎日新聞社社史杉山隆男の著書『メディアの興亡』が特に参考になったという。また1987年に起きた秋田魁新報社スキャンダル(秋田魁新報事件)から主人公の人物像がヒントにされた[6]葬儀屋にも取材を重ね、さらに聞いた話だけでは満足できなくなり、先の三名で某商社トップの社葬に無断で紛れ込んで取材を敢行した[6]

監督編集

松田の脚本が上がった時点で岡田裕介プロデューサー(のち、東映社長)の推薦で舛田利雄が監督に決まった[2]。脚本が良く出来ていたため舛田は脚本をほとんど直してないと話している[2]。直した箇所は緒形拳佐藤浩市がシナリオでは二人とも日本大学卒となっていたが、日本大学から苦情が来て、それぞれ高卒定時制高校卒に変更した[2]たたき上げが出世するという設定[2]

キャスティング編集

緒形拳と十朱幸代は会社が決め、この二人以外のキャスティングは全て監督の舛田利雄が決めた[2]。映画出演の珍しい井森美幸は当時大人気で、やはり当時流行の"新人類"芸者を演じている[6]

逸話編集

「日本の新聞はインテリが作ってヤクザが売る」と字幕でも出したため、当時の大新聞から批評その他、完全に黙殺された[6]。しかし映画賞のシーズンになって毎日新聞社の毎日映画コンクールで松田が脚本賞を受賞し面食らったという[6]。映画雑誌では公開時から評価が高くこの年の多くの映画賞を受賞している[2]

受賞歴編集

テレビドラマ編集

1991年10月18日に、フジテレビ系「金曜ドラマシアター」枠で「社葬 女たちの野望」のタイトルで放送された。

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スタッフ

脚注編集

  1. ^ 「1989年邦画3社<封切配収ベスト作品>」『キネマ旬報1990年平成2年)2月下旬号、キネマ旬報社、1990年、 176頁。
  2. ^ a b c d e f g 舛田利雄/佐藤利明/高護Hotwax責任編集 映画監督 舛田利雄 ~アクション映画の巨星 舛田利雄のすべて~シンコーミュージック・エンタテイメント、2007年、387-388頁。ISBN 978-4-401-75117-4
  3. ^ 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』ぴあ、1998年、338頁。ISBN 4-89215-904-2
  4. ^ 『映画監督 舛田利雄 ~アクション映画の巨星 舛田利雄のすべて~』、492頁
  5. ^ 社葬|一般社団法人日本映画製作者連盟
  6. ^ a b c d e f g 「証言 製作現場から 『弔問客になりすまし社葬にまぎれ込んで取材』 『社葬』脚本 松田寛夫」『クロニクル東映:1947-1991』1、東映、1992年、346-347頁。

外部リンク編集