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神前神社(こうざきじんじゃ)は、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の摂社。内宮の摂社27社のうち第18位である[1]。本項目では、神前神社と同座する、内宮末社の許母利神社(こもりじんじゃ)・荒前神社(あらさきじんじゃ)についても記述する。

神前神社・許母利神社・荒前神社
Kouzaki-jinja (Naiku) 01.jpg
所在地 三重県伊勢市二見町松下尾谷1407-5
位置 北緯34度30分21.6秒
東経136度48分11.4秒
座標: 北緯34度30分21.6秒 東経136度48分11.4秒
主祭神 神前神社・荒前神社:荒前比賣命
許母利神社:粟嶋神御魂
社格 神前神社:式内社(小)、皇大神宮摂社
許母利神社・荒前神社:皇大神宮末社
創建 延長5年(927年)以前
本殿の様式 神明造
主な神事 神嘗祭
地図
神前神社・許母利神社・荒前神社の位置(三重県内)
神前神社・許母利神社・荒前神社
神前神社・許母利神社・荒前神社
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3社とも地域海岸守護神であり、山頂に鎮座する[2]。旧社地に比べて内陸寄りに鎮座しているが、境内にはの音が響いている[3]

概要編集

ここでは、3社共通事項について記述する。

三重県伊勢市二見町松下にある、小井戸口山(こいどぐちやま)の山頂に鎮座する[2]。山は神崎海岸(こうざきかいがん)の南に位置する[3]。この海岸では贄海神事(にえうみのしんじ[4])と呼ばれる、天照大神に奉る神饌を採る神事が行われていた[3]。社地の面積は1反8畝3歩(≒1,795m2[5]

神前神社編集

祭神は荒前比賣命(あらさきひめのみこと)[2][3]。鎮座地の二見町松下の海岸鎮守のである[2]。同座する荒崎神社や、鳥羽市にある豊受大神宮(外宮)末社の赤崎神社にも祀られる女神で、倭姫命が恐縮したとされる[6]建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の子で、瀬織津姫(せおりつひめ)の妹である[6]

許母利神社編集

許母利神社は内宮の末社16社のうち、第5位である[7]。正殿は中絶し、神前神社と同座する[8]。社名の許母利(=子守り)から、子授け、安産、子の成長などの祈願が行われてきた[9]

祭神は粟嶋神御魂(あわしまのかみのみたま)[2]。荒前比賣命と同じく、二見町松下の海岸の鎮守神である[2]少名毘古那神(すくなびこなのかみ)と同じ神とされ、荒ぶる荒前比賣命を抑制するために祀られたと考えられる[9]

荒前神社編集

荒前神社は内宮の末社16社のうち、第12位である[7]。正殿は中絶している[10]

祭神は神前神社と同じく、荒前比賣命[2][3]

歴史編集

伊勢神宮の摂社の定義より『延喜式神名帳』成立、すなわち延長5年(927年)以前に創建された[11]。伝承では、倭姫命が二見を巡幸中、江神社を定めた後に荒前比賣命が倭姫命を出迎えたため、神前神社が定められたという[12]。本来の社地は海辺に位置したが、浸水等により失われたため、小井戸口山に移った[3]。小井戸口山山頂に移った明治期まで、交通不便な地であったことから、移転を繰り返していた[6]


交通編集

国道42号の伊勢市二見町松下にある日の出橋東交差点から東進し砂利道・土道を通り、石段を登った先に鎮座する[13]。石段の段数は約280段[3]である。神宮125社の中では、鴨神社に次ぐ難所と言われる[6]

公共交通
自家用車

脚注編集

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  1. ^ 宇治山田市役所 編(1929):9 - 11ページ
  2. ^ a b c d e f g 伊勢文化舎 編(2008):98ページ
  3. ^ a b c d e f g 学研パブリッシング(2013):73ページ
  4. ^ 『贄海神事とは - 世界宗教用語大事典』(Weblio 辞書、2,015年5月2日閲覧)
  5. ^ 宇治山田市役所 編(1929):11ページ
  6. ^ a b c d 辰巳出版(2013):80ページ
  7. ^ a b 宇治山田市役所 編(1929):13 - 14ページ
  8. ^ 宇治山田市役所 編(1929):13ページ
  9. ^ a b 辰巳出版(2013):78ページ
  10. ^ 宇治山田市役所 編(1929):14ページ
  11. ^ 伊勢文化舎 編(2008):22ページ
  12. ^ 伊勢文化舎 編(2008):94, 98ページ
  13. ^ 伊勢文化舎 編(2008):96 - 98ページ

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集