神宮備林
神宮備林(じんぐうびりん)とは、かつて、帝室林野局(現宮内庁、林野庁)が、伊勢神宮の式年遷宮用のヒノキを確保、育成を目的とした林、および指定された地域である。現在の長野県木曽郡と岐阜県中津川市の阿寺山地にある。
伊勢神宮の神宮林の備え(予備)という事から名づけられたという。
現在は神宮備林という名ではなく、国有林の一部の扱いである。しかし、旧神宮備林、神宮備林、旧御料林、御料林などの名称で呼ばれている。
概況編集
神宮備林の由来編集
- 伊勢神宮で20年毎に行なわれる式年遷宮は、大量のヒノキが必要である。その用材を伐りだす山(御杣山・みそまやま)は、第34回式年遷宮までは、3回ほど周辺地域に移動したことはあるものの、すべて神路山、高倉山という内宮・外宮背後の山(神宮林)であった。
- しかし、1回の遷宮で使用されるヒノキは1万本以上になり、神宮林のヒノキでは不足しだす。その為、内宮用材は第35回式年遷宮から三河国に、外宮用材は第36回式年遷宮から美濃国に移り、第41回式年遷宮から第46回式年遷宮までは、伊勢国大杉谷に移る。
- しかしながら、原木の枯渇による伐り出しの困難さから、1709年(宝永6年)の第47回式年遷宮から、尾張藩の領地である木曽谷、裏木曽に御杣山は移動する。この地域は尾張藩により木材(木曽五木)が保護され、許可の無い伐採が禁じられていた。
- 正式に指定、伐採が始まったのは、1798年(寛政10年)からである。
- 現在でも式年遷宮用の用材は、この旧神宮備林から調達されている。
歴史編集
- 1380年(天授6年・康暦2年):第36回式年遷宮で美濃国のヒノキが使用される。
- 1709年(宝永6年):第47回式年遷宮で、尾張藩領木曽のヒノキが使用される。
- 1798年(寛政10年):伊勢神宮により御杣山に指定される。
- 1843年(天保12年):守護神として護山神社が創建される。
- 1868年(明治元年):尾張藩から明治政府に移管される。御料林となる。
- 1906年(明治39年):帝室林野局により「神宮御造営材備林制度」が制定され、この地域の御料林が神宮備林に指定される。この後、大正時代にかけてその地域を拡大する。
- 1921年(大正10年):ダム建設の影響で、木曽川、付知川などを使用した筏による材木運搬が中止。森林鉄道による運搬が始まる。
- 1947年(昭和22年):帝室林野局は農林省林野庁となる。神宮備林は廃止され、国有林の一部となる。