祺祥(きしょう、満州語: ᡶᡝᠩᡧᡝᠩᡤᡝ
ᠰᠠᠪᡳᠩᡤᠠ
 転写:fengšengge sabingga[1])は、同治帝の代に公布されながら、施行されなかった元号1861年

Qí Xiáng Zhòng Bǎo (祺祥重寶) Early Tóng Zhì cash coin (1861).png

概要編集

1861年8月22日咸豊11年7月17日)に、咸豊帝が熱河(現在の承徳)で崩御すると、粛順らが顧命大臣として朝政を補佐し、9月3日に祺祥と改元することが定められた。

しかし、11月2日辛酉政変が発生すると、西太后一派が主導権を握り、11月7日に祺祥を同治と改める旨の詔勅が出され、祺祥の年号は施行されることなく廃された。

出典編集

清史稿』巻21 本紀21 穆宗
(咸豊十一年秋七月)乙卯,定年号祺祥。(中略,冬十月)庚申,詔改祺祥為同治。

脚注編集

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  1. ^ 荘吉発『咸豊事典』

関連項目編集