福井優也

日本のプロ野球選手

福井 優也(ふくい ゆうや、1988年2月8日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する岡山県英田郡西粟倉村出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

福井 優也
東北楽天ゴールデンイーグルス #31
Y fukui20190506.jpg
メットライフドームにて(2019年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県英田郡西粟倉村
生年月日 (1988-02-08) 1988年2月8日(32歳)
身長
体重
178 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト1位
初出場 2011年4月17日
年俸 2,300万円(2020年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴編集

プロ入り前編集

西粟倉小学校3年からソフトボールを始め、この頃からプロ野球選手になることだけを考えていた。夏は野球、冬はクロスカントリースキーで全国大会に出場した経験もある[2]西粟倉村立西粟倉中学校では兵庫県の硬式野球チーム「佐用スターズ」に入り2年から投手。

2003年愛媛県済美高校へ入学。当時創部されたばかりの硬式野球部で監督に就任した上甲正典(前・愛媛県立宇和島東高等学校硬式野球部監督)を慕って[3]の入学で、1年時の秋からエースの座をつかむと、11月の明治神宮野球大会東北高校戦で2安打完封勝利(7回コールド)[3]。2年春の第76回選抜高等学校野球大会でチームを創部後初めて甲子園球場の全国大会出場に導いたばかりか、初優勝を成し遂げた。2年夏の第86回全国高等学校野球選手権大会で甲子園球場のマウンドに再び立つと、準決勝までの4試合で先発完投勝利を果たした末に、春夏連続で決勝へ進出。風邪で体調を崩しながらも自ら志願して先発したが、駒大苫小牧高校の前に春夏連覇を阻まれた。3年夏の第87回全国高等学校野球選手権大会でも1勝するなど、在学中には甲子園球場の全国大会で通算9勝を挙げた。当時の1学年先輩に、鵜久森淳志高橋勇丞がいる。

高校3年時の秋に迎えた2005年のNPB高校生ドラフト会議で、読売ジャイアンツ(巨人)から4巡目で指名。いったんは入団の意思を示した[3]ものの、後に固辞した[4]うえで、大学へ進学することを表明した。

大学への進学に際しては、4年時のNPBドラフト会議でどの球団からも指名されずに硬式野球部のある企業へ就職する事態を想定したうえで、早稲田大学慶應義塾大学への進学を検討。当時早稲田大学野球部の監督を務めていた應武篤良から「進学先を早稲田だけに絞るのなら入部させる」と言われたこともあって、早稲田大学への進学を決めた[3]。しかし実際には、入部に有利な推薦入試の締め切りに間に合わず、一般受験にも合格しなかった。このため、2006年には浪人生活を送りながら、ワールドウイング(鳥取市内のトレーニング施設)で勉強とトレーニングに励んだ[3]

2007年、早稲田大学スポーツ科学部トップアスリート選抜入試に合格。斎藤佑樹大石達也らと同期で推薦入学し、野球部に入部。斎藤とともに2人の甲子園優勝投手は将来のダブルエースとして期待された。福井は後に「斎藤と大石は目標であり自分を満足させなかったライバル。自分は3番目です」と語っている[3]。1年春の東京六大学野球リーグ2戦目に先発登板するが3回途中でノックアウト、夏に右肩痛を発症しベンチ入りメンバーから外される。この頃はマウンド上での態度が悪く投球に悪影響を与えていたが、周りからの指摘で改めたことで冷静に投球できるようになったという[3]

2008年5月31日、東京六大学野球春季リーグ早慶戦1回戦に4番手でマウンドに上がり、2回を打者8人1安打無失点に抑えリーグ戦初勝利。2009年春からは先発に定着し土曜日の初戦に斎藤、日曜日の2戦目に福井が投げるというローテーションだった。

 
福井の出身地である岡山県英田郡西粟倉村では広島東洋カープに2010年プロ野球ドラフト会議で1位を指名されたことを記念して垂れ幕が掲げられた。

4年次の2010年春からは早稲田のエース番号11を背負い、9月12日、東京六大学野球秋季リーグ法政大学2回戦でリーグ戦初完投を記録し、通算10勝目[5]。リーグ通算35試合に登板、11勝3敗、防御率2.57、144奪三振。

2010年のNPBドラフト会議で、広島東洋カープから1巡目で単独指名[6]。契約金1億円、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は11。この会議の1巡目では、大石が(広島を含む)6球団からの重複指名の末に埼玉西武ライオンズ、斎藤が4球団からの重複指名の末に北海道日本ハムファイターズが入団交渉権を獲得。同じ大学から3人の投手が別々の球団の1巡目指名を受けた事例は、NPBのドラフト会議史上初めてで、3人とも指名後に入団している。

なお、ドラフト会議の直後に催された明治神宮野球大会では、東海大学との決勝に先発。6回を5被安打1失点(自責点0)という好投で、チームを優勝に導いた[3]

広島時代編集

2011年には、4月17日の対巨人戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)に、先発投手として一軍公式戦にデビュー。7回を6被安打2失点と好投した末に、一軍公式戦での初勝利を挙げた[7]。一軍での先発デビュー戦で初勝利を挙げた事例は球団史上8人目だが、奇しくも当日は、斎藤も日本ハムの投手として札幌ドームの対千葉ロッテマリーンズ戦で初勝利。福井が先発した巨人戦より44分早く試合が終わったため、この年にNPB新人投手における一軍公式戦初勝利一番乗りの座を斎藤にさらわれた。一軍公式戦には、通算で27試合に登板するとともに、リーグの最終規定投球回に到達。8勝をマークし活躍を見せたが[8]セントラル・リーグ最多の68与四球と11暴投を記録した。

 
広島時代 沖縄市野球場にて(2012年)

2012年には、一軍公式戦17試合の登板で2勝3敗をマーク。4月11日の対阪神タイガース戦(マツダ)5回表には、クレイグ・ブラゼルの内角を攻めたあと躱したブラゼルを睨みつけたためブラゼルが激高。一触即発の事態に陥ったが、ブラゼルが退場処分を受けただけで、福井自身はこの回を投げ切った[9]

2013年には、一軍公式戦の開幕から3試合に登板。しかし、全ての登板試合で失点を喫するなど振るわず、4月上旬からは一軍と二軍を何度も往復した。一軍公式戦全体では12試合に登板したものの、勝敗は付かず、防御率は8.69にまで達した。奇しくもこの年には、斎藤・大石も一軍公式戦で未勝利に終わっている。

2014年には、春季キャンプの前に、プロ入り後初めて斎藤・大石と自主トレーニングを敢行[10]。一軍公式戦では11試合だけの登板ながら、シーズン2度目の先発登板であった7月27日の対阪神戦(マツダ)では、9回を1失点に抑えた末に完投で2年振りの勝利を挙げた[11]

2015年には、一軍公式戦に先発で21試合に登板。通算の投球イニングは131回3/1で、入団1年目以来のリーグの最終規定投球回到達には至らなかったもの、9勝6敗、防御率3.56という好成績を残した。

2016年には、チームが8年振りに復活させた投手キャプテンに就任[12]。一軍公式戦では、開幕から先発陣の一角を担った。開幕当初は不調で、5月上旬以降に一軍から遠ざかった[13]ものの、後半戦で一軍のローテーションに復帰。8月23日の対巨人戦(東京ドーム)に先発で勝利したことによって、チームに25年振りの優勝マジック(20)が点灯した[14]。1週間後(同月31日)の対横浜DeNAベイスターズ戦(マツダ)にも先発する予定だったが、試合開始の直前に首の痛みを訴えたため、急遽登板を回避[15](チームは九里亜蓮を先発に立てて延長10回裏にサヨナラ勝利)[16]。翌9月1日の検査で「傍脊柱筋筋膜炎」と診断されたため、再び登録を抹消される[17]と、そのままシーズンを終えた。一軍公式戦全体では、13試合の登板で5勝4敗を記録したが、防御率は2年振りに4点台(4.34)へ戻った。

2017年には、一軍公式戦5試合の登板で1勝3敗、防御率7.16をマーク。シーズン終了後の11月11日に、2歳年上の女性と結婚した[18]

2018年には、一軍公式戦で自己最少の3試合の登板にとどまったほか、2013年以来5シーズン振りに未勝利でシーズンを終えた。

楽天時代編集

2018年11月29日に、菊池保則との交換トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍することが発表された。背番号は31[19]。当時は斎藤が日本ハム、大石が西武で現役を続けていたことから、福井の楽天移籍によって3人ともパシフィック・リーグの球団へ同時に在籍することになった(大石のみ翌2019年限りで現役を引退)。

2019年には、開幕から一軍先発陣の一角を担うと、4月10日の対西武戦(メットライフドーム)で移籍後初勝利を挙げた。一軍公式戦での勝利は広島時代の2017年4月26日に対巨人戦(マツダ)に先発で記録して以来2シーズン(714日)振り[20]。5月までに西武から3勝を挙げるなどチームの開幕ダッシュに貢献した。5月中旬以降は一軍から遠ざかっていたが、一軍が千葉ロッテマリーンズとの間でクライマックスシリーズ(CS)への進出権を争っていた9月21日にも、楽天生命パークでの対西武戦に先発。いわゆる「オープナー」として3回無失点の好投でチームの勝利とCS進出に貢献した。レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦8試合に登板。西武から3勝を挙げただけ[21]で、CSでの登板機会はなかった。

選手としての特徴編集

 
広島時代(2011年)

平均球速約141km/h[22]、最速152km/hのストレートとキレ味抜群の縦のスライダーカーブフォークが武器[23][24]。一方でプロ1年目の2011年にリーグ最多の与四球・暴投を記録するなど制球力に欠けており、広島時代に投手コーチだった大野豊からは「新しい球を覚えるというより、持ち球の制球力を磨いてほしい」と修正点を挙げられていた[25]

人物編集

長兄の和真は元前橋育英高校アンダースロー投手で、現在は同校のコーチを務めている。次兄の龍一も2003年の甲子園沖縄尚学高校の投手兼外野手として出場しベスト16まで進出したが2011年4月20日に交通事故により他界。福井には先発を務めた4月24日のヤクルト戦後に訃報が伝えられた。5月3日の横浜戦で、先発を務め6回2/3を1失点と好投し勝ち投手になり、お立ち台では「天国のお兄ちゃんに捧げたいです」と涙を見せた[26]

2005年のNPB高校生ドラフト会議で巨人から指名されたにもかかわらず入団を固辞したことをめぐっては、指名順位が4位と低かったことが理由として報じられていたが、本人はそのことを否定。甲子園球場の全国大会と無縁であった北照高校から自身と同じ右投手の加登脇卓真が3位で指名されたことや、徳島商業高校から2003年のNPBドラフト会議4位指名を経て入団した平岡政樹が、2005年高校生ドラフト会議の前後に支配下選手登録の解除育成選手としての再契約)を通告されたことにショックを受けたことを理由に挙げている[3]。また、固辞を申し入れてから早稲田大学への入学までに1年間の浪人生活を余儀なくされたことについては、「高校時代に酷使した右肩を休めることができたので、充実した1年だった」と語っている[3]

性格については、早稲田大学の監督だった應武からは、「ふてぶてしく見えるが、実は繊細で(同期の斎藤・大石に比べて)プロに向いている」と評価[27]。広島のスカウトとして福井の入団交渉を担当した苑田聡彦からは、「斎藤や大石に比べて闘争心を強く感じた」との印象を持たれている[28]

同郷にはバンクーバーパラリンピック・金メダリストの新田佳浩がいる。福井も新田が出場した長野パラリンピックを現地で観戦していた。また、大学の同級生には九州朝日放送アナウンサーの長岡大雅がおり、今でも親交が深い。

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2011 広島 27 27 2 0 0 8 10 0 0 .444 640 146.1 133 14 68 0 8 120 11 2 76 67 4.12 1.37
2012 17 10 0 0 0 2 3 0 0 .400 264 58.2 52 6 37 0 1 53 2 1 28 28 4.30 1.52
2013 12 1 0 0 0 0 2 0 0 .000 98 19.2 29 1 11 0 1 14 1 0 23 19 8.69 2.03
2014 11 11 1 0 0 4 5 0 0 .444 268 60.0 58 2 29 0 9 36 5 0 30 29 4.35 1.45
2015 21 21 0 0 0 9 6 0 0 .600 541 131.1 106 10 53 0 5 99 7 1 53 52 3.56 1.21
2016 13 13 0 0 0 5 4 0 0 .556 345 76.2 84 9 30 0 4 63 0 0 38 37 4.34 1.49
2017 5 5 0 0 0 1 3 0 0 .250 131 27.2 36 1 12 0 2 15 0 0 24 22 7.16 1.73
2018 3 3 0 0 0 0 3 0 0 .000 67 15 18 5 5 0 0 13 1 0 14 14 8.40 1.53
2019 楽天 8 8 0 0 0 3 1 0 0 .750 150 33.0 31 3 24 0 2 20 1 0 19 19 5.18 1.67
通算:9年 117 99 3 0 0 32 37 0 0 .464 2504 568.1 547 51 269 0 32 433 28 4 305 287 4.54 1.44
  • 2019年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績編集



投手












2011 広島 27 6 21 1 1 .964
2012 17 0 7 1 0 .875
2013 12 6 4 0 0 1.000
2014 11 6 6 1 1 .923
2015 21 12 20 1 0 .970
2016 13 5 15 1 0 .952
2017 5 4 3 2 1 .778
2018 3 1 2 0 0 1.000
2019 楽天 8 1 7 0 0 1.000
通算 117 41 85 7 3 .947
  • 2019年度シーズン終了時

記録編集

投手記録
打撃記録
その他の記録

背番号編集

  • 11 (2011年 - 2018年)
  • 31 (2019年 - )

登場曲編集

関連情報編集

CM編集

  • JA共済連 広島(2012年4月)
  • 東亜地所 (2017年) 東亜地所イメージキャラクターも務める。
    • 東亜地所 カープ選手4人篇 (2017年)
    • 東亜地所 カープバッテリー篇 (2017年)

ポスター編集

  • JAの自動車自賠責保険

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 楽天 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2019年12月12日閲覧。
  2. ^ “広島1位福井 異色スキートレ投手だ”. 日刊スポーツ. (2010年12月10日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2010/news/p-bb-tp1-20101210-712251.html 
  3. ^ a b c d e f g h i j 節丸裕一『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太・・・・・・11人の告白』講談社、2011年。ISBN 978-4-0629-5066-4
  4. ^ NPBのドラフト会議で巨人から指名された後に入団を固辞した選手は、1980年4位指名の瀬戸山満年以来25年ぶり。
  5. ^ “早大・福井初完投で通算10勝目”. スポーツニッポン. (2010年9月13日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2010/news/p-bb-tp1-20101210-712251.html 
  6. ^ 福井は複数球団からの指名を期待していたため、悔しい気持ちもあったといい、ドラフトで広島以外に福井を指名する球団が現れなかった際に「もう無いじゃん……」と崩れ落ちる姿はテレビで報道された。
  7. ^ 試合後のヒーローインタビューで福井は勝利の喜びを誰に伝えたいかとの質問に、「今日も来てくれている両親に……ありがとうと言いたいです」と普段はポーカーフェイスであるが、この日は涙を浮かべる場面もあった福井、男泣き!因縁Gからプロ初勝利 - ウェイバックマシン(2011年5月6日アーカイブ分)デイリースポーツ、2011年4月17日。
  8. ^ 半数以上が引退し残るはわずか8人 山口俊、平田良介ら87年世代ドラ1の現在地 | ニュース 高校野球関連” (日本語). 高校野球ドットコム. 2020年5月19日閲覧。
  9. ^ “前日からの流れもあり…福井投球にブラゼル怒、退場”. スポーツニッポン. (2012年4月12日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/12/kiji/K20120412003028600.html 
  10. ^ “早大トリオ、復活誓い練習 斎藤・大石・福井”. 日本経済新聞. (2014年1月13日). https://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKB0130_T10C14A1000000/ 
  11. ^ “広島・福井 2年ぶり勝った!昨年死去父の墓前にやっと吉報”. スポーツニッポン. (2014年7月28日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/07/28/kiji/K20140728008642070.html 
  12. ^ “福井が主将の誓い 2桁星&規定投球回/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2015/12/04/0008618474.shtml 2018年10月20日閲覧。 
  13. ^ “福井も二軍降格…横山、黒田に続き/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2016/05/08/0009063807.shtml 2018年10月20日閲覧。 
  14. ^ “福井、打球直撃にめげずM20に貢献 「もう投げられない」から奮起/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2016/08/24/0009421955.shtml 2018年10月20日閲覧。 
  15. ^ “福井にアクシデント 先発直前に首に痛み、抹消へ/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2016/09/01/0009444391.shtml 2018年10月20日閲覧。 
  16. ^ 2016年9月1日 (木) 広島東洋カープ対横浜DeNAベイスターズ23回戦(マツダ)NPB日本野球機構
  17. ^ “先発回避の福井は傍脊柱筋筋膜炎 登録抹消で岡田が一軍合流/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2016/09/01/0009446004.shtml 2018年10月20日閲覧。 
  18. ^ “カープ福井が結婚!お相手2歳上一般人 姉さん女房のためにも来季復活/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2017/11/12/0010725145.shtml 2018年10月20日閲覧。 
  19. ^ “楽天・菊池「東北・仙台は第2の故郷…来季は広島で恩返しを」広島・福井とトレード”. スポーツニッポン. (2018年11月29日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/11/29/kiji/20181129s00001173221000c.html 2018年11月29日閲覧。 
  20. ^ “楽天福井714日ぶり勝利、移籍で解き放たれた重圧”. 日刊スポーツ. (2019年4月10日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201904100001216.html 2020年2月15日閲覧。 
  21. ^ “楽天・福井優也は200万円減でサイン 「春先だけ」からの巻き返し誓う”. デイリースポーツ. (2019年11月21日). https://www.daily.co.jp/baseball/2019/11/21/0012895836.shtml 2020年2月15日閲覧。 
  22. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2012年、144頁。ISBN 978-4-905411-04-8
  23. ^ 『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、20-21頁。
  24. ^ 『野球小僧』10月号、白夜書房、雑誌18801-10、19頁
  25. ^ “広島投手陣争い激化 福井もローテ白紙”. 日刊スポーツ. (2011年11月3日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20111103-858415.html 
  26. ^ “事故死の兄にささげる…福井、涙の2勝目”. スポーツニッポン. (2011年5月4日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/05/04/kiji/K20110504000751540.html 
  27. ^ 広島ドラ1福井 佑&大石に負けん!! - ウェイバックマシン(2010年11月7日アーカイブ分)デイリースポーツ、2010年11月4日
  28. ^ ルーキー群像<6>福井優也投手(22)=早大 - ウェイバックマシン(2011年4月10日アーカイブ分)中国新聞、2011年1月23日

参考文献編集

  • 節丸裕一 『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太・・・・・・11人の告白』 講談社、2011年3月11日

関連項目編集

外部リンク編集