福井県民歌

福井県民歌」(ふくいけんみんか)は日本都道府県の一つ、福井県1954年昭和29年)5月1日に制定した県民歌である。作詞・三好達治

福井県民歌

県民歌の対象
Flag of Fukui Prefecture.svg 福井県

作詞 三好達治
作曲 諸井三郎(旧版)
小松長生(改訂版)
採用時期 1954年2014年に旋律を全面改訂、旧版の2・5番を廃止)
言語 日本語
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作曲は制定時の旧版が諸井三郎、現行の改訂版が小松長生

目次

解説編集

福井県民歌 ※旧版
(A面)倉田芳雄小林滋子 /
(B面) 渡辺はま子
シングル
B面 意気の若越
リリース
規格 SPレコード
ジャンル 都道府県民歌
レーベル ビクターレコード(PR1308)
作詞・作曲 福井県民歌‥作詞:三好達治、作曲:諸井三郎
意気の若越‥作詞:勝承夫、作曲:團伊玖磨
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旧版の「福井県民歌」はサンフランシスコ講和条約発効を記念し[1]、県民の意気昂揚を図るため小幡治和知事の提唱で作詞を三好達治、作曲を諸井三郎に依頼して制定された[2]。ビクターレコード(現在のJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)より倉田芳雄小林滋子の歌唱によるSPレコードが発売されており、同じレコードのB面に収録された「意気の若越」(いきのじゃくえつ)も県民の愛唱歌に指定されている[2][3]。「意気の若越」は作詞・勝承夫、作曲・團伊玖磨、歌唱・渡辺はま子

また、1968年(昭和43年)開催の親切国体テーマ曲として作成され、同年に日本クラウンより発売された福井県民体育の歌「この明るさの中にゆけ」(作詞・原道夫、補作・星野哲郎、作曲・山崎正清)のEP盤(PRS-139)にB面曲として収録されている若山彰カバーがある。

改訂編集

制定当初の歌詞は全5番で構成されていたが、5番の歌詞にあった市郡の数が制定後の市制施行と郡の改廃を反映していないこともあり1997年平成9年)には県民対話集会で栗田幸雄知事に対し「歌詞が現状と合わず古めかしい」として新県民歌の制定を求める意見も出されていた[4]。そのため、県では2018年(平成30年)に開催される第73回福井しあわせ元気国体に合わせて2代目の新県民歌制定を検討していたが、結果的に三好達治の原詞を活かしたうえで「高音で歌いにくい」と不評であった諸井三郎の曲に代えて小松長生が新規に曲を付けることになり[5]2014年(平成26年)12月20日に「福井しあわせ元気スポーツフェスタ2014」で「新しい福井県民歌」と題する改訂版の曲が披露された。

改訂版の歌詞では原詞の2番と5番が廃止され、旧1・3・4番の全3番で構成されている。

歌詞編集

「福井県民歌」の歌詞(原詞)は著作権の保護期間を満了し、2015年平成27年)1月1日よりパブリックドメインとなっている。諸井三郎が作曲した旧版の旋律はJVCケンウッド・ビクターエンタテインメントの管理楽曲となっており、演奏に際しては専属開放申請が必要である。

一、
長江ちゃうかうは よこたわり
青海あをうみは みさきにうたふ
くにどころ 越前若狭えちぜんわかさ
たたなはる やましうるはし

二、※廃止

白雲しろくもや そこになびかひ
白波しろなみや かしこにあがる
とほを いまもさながら
悠久ゆうきうの ときこそうつれ

三(改訂版:二)、

あきの 穂豊ほゆたかに
いやらふ うみのいろくづ
機杼はたおさの おとさきはふ
うましくに 越前若狭えちぜんわかさ

四(改訂版:三)、

ここにして あたらしき
ふるに かはわりておこ
あなさやけ あまのもと
新墾にいはりの みちはるかなり

五、※廃止

そのみちの はるかなれこそ
いざうたを うたはな今日けふ
十余郡じふよぐん 四市よんしたみ
わきてその 若人わかうどらはや

5番(廃止)の歌詞について編集

廃止された5番の歌詞にある「十余郡」は 足羽郡今立郡大飯郡大野郡遠敷郡坂井郡敦賀郡南条郡丹生郡三方郡吉田郡の11郡で「四市」は福井市敦賀市小浜市武生市(現越前市)のことである。「四市」の部分は本曲が制定された年の後半に大野市鯖江市勝山市が相次いで市制施行したことに伴い、1968年(昭和43年)までのいずれかの時期に「七市」に改訂されている[6]

1955年(昭和30年)に敦賀郡が郡内全町村の敦賀市への編入合併で消滅、平成以降にはあわら市坂井市が成立し足羽郡、大野郡、遠敷郡、坂井郡の4郡が消滅して三方上中郡が新設されたので、現在は9市7郡である。

備考編集

福井県庁では県民歌の改訂作業に先立ち、1997年(平成9年)に他の46都道府県の都道府県民歌制定状況を照会した[7]。この際「未制定」と回答したのは大阪府兵庫県広島県大分県の4府県であるが、兵庫県の回答は事実でなく実際は1947年(昭和22年)に「兵庫県民歌」が制定されていたことが2015年(平成27年)に明らかになっている[8]

脚注編集

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  1. ^ 中山(2012), p214
  2. ^ a b 国民文化協会(1968), p196
  3. ^ 福井県立図書館だより No.45福井県立図書館)、2ページ。
  4. ^ 中日新聞』福井版、1997年9月24日付10面「県民歌って知ってる? 聞く機会なく、なじみ薄い」。
  5. ^ “高音過ぎる? 福井県民歌を新しく 指揮者小松長生さんが作曲へ”. 47NEWS (共同通信社). (2014年7月24日). オリジナル2015年2月10日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150210065043/http://www.47news.jp/localnews/hukui/2014/07/post_20140724201605.html 2015年2月10日閲覧。 
  6. ^ 日本うたの地図, p74-75掲載の歌詞は「七市」とされている。
  7. ^ 知っていますか? 県民歌 - サンデー山口 - ウェイバックマシン(2004年12月30日アーカイブ分)
  8. ^ “布く新憲法 ゆくては明かるし…幻の兵庫県民歌”. 神戸新聞NEXT (神戸新聞社). (2015年1月1日). オリジナル2015年1月4日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150104112533/http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201501/0007625977.shtml 2015年11月14日閲覧。 

参考文献編集

外部リンク編集