福井鉄道鯖浦線

かつて日本の福井県に存在した福井鉄道の鉄道路線

鯖浦線(せいほせん)は、かつて福井県鯖江市鯖江駅と同県丹生郡織田町(現越前町)の織田駅を結んでいた福井鉄道の鉄道路線である。正式な読み方は「せいほせん」であるが[1][2]「さばうらせん」とも呼ばれた。

鯖浦線
水落駅からカーブして織田駅に向かう廃線敷
水落駅からカーブして織田駅に向かう廃線敷
概要
現況 廃止
起終点 起点:鯖江駅
終点:織田駅
駅数 13駅
運営
開業 1926年10月1日
廃止 1973年9月29日
運営者 福井鉄道
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 19.5 km (12.1 mi)(鯖江-織田間)
0.3 km (0.19 mi)(水落-水落信号所間)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流600 V 架空電車線方式
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停車場・施設・接続路線
STR
国鉄北陸本線
0.0 鯖江駅
STR exBHF
0.4 東鯖江駅
STRq STRr exSTR
HUBc2
2.1 水落駅 (I) -1959 →南水落駅:1959-1962
BHFq eABZq2
0.0* 水落駅
右:(I) -1959
左:(II) 1959-
福鉄福武線
exSTRc1 exSTR2+4
↑1962年廃止区間
exABZg+4
連絡線
exDST
2.4
0.3*
水落信号所
exBHF
3.9 越前平井駅
exBHF
5.6 川去駅
exBHF
7.5 西田中駅
↓1972年廃止区間
exBHF
9.9 佐々生駅
exBHF
11.9 陶の谷駅
exBHF
14.5 樫津駅
exBHF
15.7 下江波駅
exBHF
16.6 江波駅
exBHF
18.2 矢倉駅
exKBHFe
19.5 織田駅

路線データ 編集

  • 路線距離(営業キロ):鯖江 - 織田間19.5km、水落 - 水落信号所間0.3km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:13駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:全線(直流600V)

歴史 編集

概要 編集

当初、鯖浦電気鉄道の路線として、1926年大正15年)に開業した。その後、1945年昭和20年)に福武電気鉄道と合併し、福井鉄道の一路線となった。

鯖江から越前海岸の四ヶ浦(旧越前町)までを、海岸沿いではなく山岳路線として岬の高台(現在の四ヶ浦小学校あたり)まで敷設する構想になっていたが、険しい地形である上に、土地の町長すらなかなかなり手がなく、経済的援助となる有志も現れずといった状況で地元の協力が得られずに交渉が難渋。そうこうしているうちに昭和恐慌の影響を受けて路線を延長できず、鯖江から織田までは鉄道路線、織田から越前海岸、厨まではバス路線として定着していった。路線延長こそならなかったものの沿岸に有数の海水浴場を控えていたこともあって経営状態はさほど悪くなく鯖浦電鉄出資による四ヶ浦遊園地も作られた。

戦後も比較的好況を呈すものの、今度はモータリゼーションが波及し、1962年(昭和37年)には北陸本線(現・ハピラインふくい線)福井 - 敦賀間複線電化に先立つ鯖江駅拡張に伴い鯖江 - 水落間が廃止されたのを皮切りに、1973年(昭和48年)に全線が廃止された。これには海岸線へのアクセスには普通しか止まらない鯖江よりも福井、武生といった特急、急行が停車する国鉄駅から直通バスで行った方が便利であるため、周辺各村落を蛇行して廻る形になる鉄道線が敬遠された側面もある。鯖江 - 水落間が廃止されてからはその傾向が一層強まった。

年表 編集

駅一覧 編集

駅名および所在地は廃止時点のもの。全駅福井県に所在。

本線
駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地
鯖江駅 - 0.0 国鉄北陸本線 鯖江市日の出町
東鯖江駅 0.4 0.4   鯖江市旭町
水落駅(初代)
→南水落駅
1.7 2.1   鯖江市水落町
水落信号所 0.3 2.4 福井鉄道:鯖浦線(連絡線) 鯖江市水落町
越前平井駅 1.5 3.9   鯖江市平井町
川去駅 1.7 5.6   鯖江市持明寺町
西田中駅 1.9 7.5   丹生郡朝日町西田中
佐々生駅 2.4 9.9   丹生郡朝日町佐々生
陶の谷駅 2.0 11.9   丹生郡宮崎村蝉口
樫津駅 2.6 14.5   丹生郡宮崎村樫津
下江波駅 1.2 15.7   丹生郡宮崎村江波
江波駅 0.9 16.6  
矢倉駅 1.6 18.2   丹生郡織田町下河原
織田駅 1.3 19.5   丹生郡織田町織田
連絡線
駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地
水落駅 - 0.0 福井鉄道:福武線 鯖江市水落町
水落信号所 0.3 0.3 福井鉄道:鯖浦線(本線)

※陶の谷駅は開業当初、陶ノ谷駅と表記。

  • 最盛期の運行状況は水落 - 西田中間は30分間隔、西田中 - 織田間は60分間隔、織田 - 厨間連絡バスは数十分ずらしての60分間隔であった。

輸送・収支実績 編集

鯖浦電気鉄道時代 編集

年度 乗客(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
1926 55,171 1,086 8,046 31,290 ▲ 23,244 雑損88 6,516
1927 241,578 8,894 43,510 86,969 ▲ 43,459 雑損5,311 35,923 68,044
1928 272,398 13,395 54,220 73,084 ▲ 18,864 雑損1,059 35,042 56,896
1929 378,816 14,802 95,845 105,095 ▲ 9,250 雑損1,130 47,263 91,319
1930 337,987 13,871 85,109 95,746 ▲ 10,637 雑損762 39,011 86,711
1931 298,933 11,949 78,352 83,898 ▲ 5,546 雑損37 36,808 77,353
1932 278,544 10,811 73,541 85,169 ▲ 11,628 雑損2,620 39,213 85,982
1933 333,907 12,224 85,522 91,844 ▲ 6,322 雑損2,904 34,918 94,064
1934 369,641 15,650 93,991 88,603 5,388 雑損38,122 28,847 94,380
1935 381,314 14,788 95,021 88,919 6,102 雑損償却金48,100 23,473 94,407
1936 394,205 15,766 100,249 90,576 9,673 雑損償却金49,524 16,747 78,265
1937 437,367 17,992 110,703 94,110 16,593 雑損償却金31,513 12,799 35,673
1939 601,056 24,625 140,097 112,860 27,237 償却金42,907 9,522 25,190
1945 1,357,860 23,570
  • 鉄道統計資料、鉄道統計、国有鉄道陸運統計各年度版

福井鉄道鯖浦線時代 編集

年度 乗車人員(人) 降車人員(人) 発送貨物(トン) 到着貨物(トン)
1948 2,835,630 2,835,630 38,954 38,954
1949 2,071,553 2,071,553
1950 1,926,015 1,926,015 16,044 10,480
1951 2,212,924 2,212,924 9,409 19,325
1952 2,051,825 2,051,825 31,316 15,508
1953 1,674,896 1,674,896 23,654 23,654
1954 1,670,899 1,670,899 20,107 20,107
1955 1,650,813 1,650,813 21,767 21,767
1956 1,620,786 1,620,786 12,157 12,273
1957 1,597,021 1,597,021 29,521 29,521
1958 1,608,791 1,608,791 24,688 24,688
1959 1,642,456 1,642,456 25,395 25,395
1960 1,699,896 1,699,896 24,614 24,614
1961 1,756,704 1,756,704 24,333 24,333
1962 1,747,363 1,747,363 11,355 11,355
1963 1,910,539 1,910,539 11,817 11,817
1964 2,395,110 2,395,110 24,976 24,976
1965 1,921,329 1,921,329 24,430 24,430
1966 1,918,437 1,918,437 20,267 20,267
1967 1,772,677 1,772,677 9,523 9,523
1968 2,034,587 2,034,587 5,767 10,742
1969 1,449,443 1,457,085 3,602 3,237
1970 1,304,098 1,320,472
1971 1,137,943 1,137,943
1972 631,742 631,742
1973 198,688 198,688

車両 編集

鯖浦線では鯖浦電気鉄道時代からの単行車両が運行されており、福武線の車両が乗り入れていた。これら路線独自の車両は、鯖浦線廃止後はほぼ廃車となったが、一部車両は福武線に転属している。

1形
1923年に梅鉢鉄工所で製造された木造車両。のちに外装に鋼板が張られ、半鋼製の車両となった。
40形
鯖浦電気鉄道が1928年から1931年にかけて製造した車両で、合併前はデハ10形と称していた。車両のうち、モハ42については1953年に車体更新され、外観および車長が異なっていた(外観は福武線モハ120-1に似ていた)。なお、モハ42は廃線後、車体延長などの改造を受け140形モハ143-1となっている。
50形
鯖浦電気鉄道が1940年に製造した車両
70形
鯖浦電気鉄道が1923年に製造した車両

福武線からの乗り入れ車両 編集

 
160形
60形
元福井市内線専用デハ20形。のちに2両が連接車160形に改造され、鯖浦線用の車両となった。廃線時のさよなら運転を務めている。
80形
単行時代に乗り入れを行っている。

廃線後の状況 編集

路線跡地は、水落駅付近から織田にかけてサイクリングロードとして整備されており、一部の駅跡には当時のプラットホームが残されている。また、現在はかつての路線に並行して、鯖浦線の路線名で福井鉄道のバスが運行されている。ただし、バス路線における鯖浦線の鯖江側の起点はJR北鯖江駅となっている。織田駅跡には今でも「駅前通り」の名があるが駅前ロータリーは切り通しになった。

脚注 編集

  1. ^ かつて鯖浦線と接続 水落駅(鯖江市水落町2丁目)”. 福井新聞ONLINE. 特集・福井の鉄道. 福井新聞社 (2008年7月4日). 2013年11月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月22日閲覧。 “「鯖(せい)浦(ほ)線」の名前を思い浮かべる人も多い。”
  2. ^ 和久田康雄『私鉄史ハンドブック』(電気車研究会、1993年)p.194の索引では前身の鯖浦電気鉄道を「セイホ」の見出しで掲載。
  3. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1922年10月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 『人事興信録. 第8版(昭和3年)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 『地方鉄道及軌道一覧. 昭和15年11月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第32回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ a b c d e f 朝日 2011, p. 12.
  8. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1926年10月6日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1928年11月15日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 清水 2016, p. 18.
  11. ^ a b c 今尾恵介 監修『日本鉄道旅行地図帳』6号 北信越、新潮社、2008年、p.25
  12. ^ 清水 2016, p. 31.
  13. ^ 和久田康雄『私鉄史ハンドブック』電気車研究会、1993年、p.97
  14. ^ 寺田裕一『私鉄の廃線跡を歩くIII 北陸・上越・近畿編』JTBパブリッシング、2008年、p.66
  15. ^ a b 清水 2016, p. 33.
  16. ^ a b 朝日 2011, p. 13.
  17. ^ 朝日 2011, p. 23.

参考文献 編集

  • 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 6 北信越、新潮社、2008年。ISBN 978-4-10-790024-1 
  • 『週刊歴史でめぐる鉄道全路線 公営鉄道・私鉄28 えちぜん鉄道 福井鉄道・北陸鉄道・のと鉄道』朝日新聞出版、2011年10月2日。 
  • 清水武『RM LIBRARY 206 福井鉄道(上)』ネコ・パブリッシング、2016年10月1日。ISBN 978-4-7770-5400-8 

関連項目 編集