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福原 百之助(ふくはら ひゃくすけ)は、長唄笛方・小鼓方の名跡。当代7代目。

初代編集

2代目編集

3代目編集

4代目編集

明治1年(1868年) - 大正6年(1917年))

実子が5代目百之助。

5代目編集

(明治17年(1884年7月11日) - 昭和37年(1962年11月26日)本名は若林市太郎。

東京の生まれ、4代目百之助の実子。1896年に2代目寶山左衛門の門下。初名を福太郎。父の4代目百之助が没の1917年に5代目百之助を襲名。

2代目市川猿之助初代市川猿翁)の一座の囃子頭を勤めるなど活躍。主な作曲に「春の宵」「黒塚」など。

長唄協会の副会長、顧問、相談役を歴任。他にも東京芸術大学の講師を務めた。

長男が6代目百之助(後の4代目寶山左衛門)。

6代目編集

7代目編集

(昭和50年(1975年) - )本名は藤堂賢太郎。

祖父は福原流囃子方、6代目百之助(後の4代目寶山左衛門)。父は一中節12代目都一中

1991年に祖父の6代目百之助(後の4代目寶山左衛門)や望月太喜雄長唄東音浅見文子等に師事。

1993年福原流笛方、福原徹に師事。

1994年NHK学園高等学校を卒業。以後、福原流囃子方、福原賢太郎として演奏活動を行う。

2006年に福原賢太郎から7代目百之助を襲名。

邦楽演奏会・日本舞踊会の他にもワークショップやレクチャーコンサートなどの企画や公演を行い、日本の伝統芸能である邦楽の普及に努めている。 また、アメリカをはじめ、上海、ドイツ、オーストリアなど、海外での公演にも多数参加している。

社団法人長唄協会会員。邦楽囃子「若獅子会」同人。和っはっは 若衆組メンバー。