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人物編集

東京都立日比谷高等学校東京大学法学部卒業後、外務省の中枢ポストを昇進し続け、次官候補最有力とも目された。1995年からは約10年間、最高裁判所判事を務め、定年退官後は弁護士となった。

最高裁判事として関与した事件には、愛媛県靖国神社玉串料訴訟神戸高専剣道実技拒否事件在外日本人選挙権訴訟。また、一票の格差を巡る各違憲訴訟においては、少数意見として違憲判断を書き続けた。

職歴編集

同期編集

著書編集

  • 『多国籍企業の行動指針―OECD宣言の解説』(時事通信社、1976年)
  • 『世襲政治家がなぜ生まれるのか? ―元最高裁判事は考える―』(日経BP社、2009年)

脚注編集

外部リンク編集