福田 繁芳(ふくだ しげよし、1905年3月15日[1] - 1977年2月12日[2])は、日本政治家自由民主党衆議院議員

福田 繁芳
ふくだ しげよし
生年月日 1905年3月15日
没年月日 1977年2月12日
出身校 関西大学専門部法律学科
所属政党 民主党 (日本 1947-1950)
改進党
日本民主党
自由民主党

選挙区 香川県第2区
当選回数 7回
在任期間 1946年4月11日 - 1952年8月28日
在任期間 1953年4月20日 - 1955年1月24日
在任期間 1960年11月21日 - 1966年12月27日
在任期間 1969年12月28日 - 1972年11月13日
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経歴編集

1927年関西大学専門部法律学科卒業後[3]1946年第22回衆議院議員総選挙に立候補するが次点で落選。しかしその後三木武吉公職追放により繰り上げ当選となる。

1951年10月5日高松地方検察庁観音寺競輪場誘致運動資金の一部を横領した容疑で逮捕される[4]

1961年3月、日興連汚職事件で福田に対して懲役1年の実刑判決が確定し、公民権停止となったため国会法の規定で自動的に退職(失職)。賄賂罪の実刑判決が確定して国会議員が退職(失職)となったのは初めてであった。

1977年2月12日、急性肺炎のため東京都大田区の自宅で死去。71歳[5]

脚注編集

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  1. ^ 衆議院『第九十回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1946年、28頁。
  2. ^ 香川県史 別編II 年表[リンク切れ]
  3. ^ 新衆院議員の横顔関大(関西大学新聞)1963年12月15日付
  4. ^ 「福田代議士逮捕」『朝日新聞』昭和26年10月6日2面
  5. ^ 訃報欄 福田繁芳(元自民党衆議院議員)『朝日新聞』1977年(昭和52年)2月13日、13版、23面
議会
先代
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  衆議院決算委員長
1971年 - 1972年
次代
笹山茂太郎
先代
新設
  衆議院文化委員長
1947年 - 1948年
次代
小川半次