秦 公春(はた の きみはる)は、平安時代末期の官人秦武則の子。官職左近衛府生左大臣藤原頼長随身で、頼長の男色の相手として知られる。

経歴編集

天養2年(1145年)、国貞という召使を殺害した犯人が赦免されたことに怒った頼長は、公春に命じて犯人を密かに殺害させた。また公春は糖尿病を患っており、頼長はたびたび平癒祈願の仏事を行っている。しかし甲斐なく公春が死去すると、頼長は3ヶ月にわたって公事を休み、その評判を落とした。