稚内港
所在地
日本の旗 日本
所在地 北海道稚内市
座標 北緯45度24分43秒 東経141度40分50秒 / 北緯45.41194度 東経141.68056度 / 45.41194; 141.68056座標: 北緯45度24分43秒 東経141度40分50秒 / 北緯45.41194度 東経141.68056度 / 45.41194; 141.68056
詳細
開港 1885年
管理者 稚内市
種類 重要港湾
埠頭数 5
統計
統計年度 2012年度
発着数 4936隻(外国貿易船826隻)
貨物取扱量 1837144トン
公式サイト

稚内港(わっかないこう・: Wakkanai Port)は、北海道稚内市にある、同市を港湾管理者とする[1]港湾である。日本国実効支配が及ぶ領域では最北の港湾である。法律で、出入国管理及び難民認定法上の出入国港や関税法上の開港であり、また、港湾法上の重要港湾港則法上の特定港にも指定されている。

目次

概要編集

野寒布岬に接しており、日本海オホーツク海の分岐点に位置する。1957年に港湾法上で規定されている重要港湾に指定され、道北地域における物流拠点や北洋漁業基地、そして、利尻島礼文島への連絡港として大きな役割を果たしている。また、1957年5月20日に重要港湾に指定され[1]た後は、植物防疫港や検疫港の指定を受け商業港としての役割を強めている。

この港湾の整備は、1920年に、当時は命令航路であった大泊航路(稚泊航路)の貨客発着場築設の一環として北防波堤の工事が行われたことに始まり、以後は北洋漁業フェリーの基地、さらには、道北の流通拠点として着々と整備が進められてきた。南樺太ソビエト連邦1991年12月25日以降は当該国の崩壊と共に成立したロシア連邦)に不法に実効支配された[注釈 1]ことにより、その後の当地との交流・交易は衰退したが、後背地の開発と底引網漁の増大や北洋漁業への進出といった水産業の伸展に拠って稚内港は発展を遂げた。

2008年(平成20年)5月12日に中央埠頭に国内・国際航路別に稚内港フェリーターミナル・稚内港国際旅客ターミナルが竣工した[2]

日ロ航路編集

1974年(昭和49年)2月8日ナホトカからの当港との初の直行貨物船が入港し、ソビエト連邦との直接貿易が実現[3]

1989年(平成元年)5月22日にはホルムスク(真岡)との国際フェリー航路が不定期便(チャーター船)として再開し[4]1991年(平成3年)5月2日コルサコフ(大泊)航路がハートランドフェリーの定期航路として運行再開した[5]

1995年(平成 7年)4月27日ホルムスク(真岡)航路も航路定期航路として正式に再開したが[6]、その後3年間運休し[7]1999年(平成3年)5月1日コルサコフ(大泊)航路が定期航路として正式に再開した[8][注釈 2]。 しかし、この航路は2006年(平成18年)度には60往復まで運航便数が増加したものの[10]2007年(平成19年)度に45往復に減便して[11]前年比約30%減となるなど利用が資源開発が一段落した影響で減少し[12]、赤字が続いたことから2010年(平成22年)度に28往復に減便となった[13]

テコ入れ策として2011年(平成23年)度にビザなしでサハリンへの旅行が可能となったが[14]2012年(平成24年)度にコルサコフ港の港湾施設使用料の50%値上げを通告され[15]、同年度の貨物輸送が16%減少するなど低迷した[16]

そのため、ハートランドフェリー2014年(平成26年)9月に当航路からの撤退を表明し[17]2015年(平成27年)9月18日に運航を終了した[18]2016年(平成28年)4月には使用していた貨客船をフィリピンの「コカリオン シッピングラインズ」にした[19]

撤退後、2016年(平成28年)4月1日に稚内市が第三セクターの「北海道サハリン航路」を設立し[20]、 同年7月4日に稚内市が「北海道サハリン航路」がロシアの船会社SASCOと運航について契約し[21]、同年8月1日に運航を再開[22]、同年9月16日まで運航した[23]


構成編集

5箇所の埠頭及び2箇所の副港湾が有り、また、6基の灯台が設置されている。

埠頭編集

嘗て稚泊航路の始点だったのは北埠頭である。

  • 北埠頭 - 北防波堤ドーム公園として整備された[24][25]
  • 中央埠頭 - 稚内港フェリーターミナルや稚内港国際旅客ターミナルが設置されている。
  • 北洋埠頭 - 水産加工業者の施設が密集している。
  • 末広埠頭 - 船舶の係留施設が備えられ[26]ている。
  • 天北1号埠頭 - (同上)[26]
  • 天北2号埠頭 - (同上)[26]

フェリーターミナル編集

2008年4月に中央埠頭に稚内港フェリーターミナル(国内航路)及び稚内港国際旅客ターミナル(国際航路)が完成し、同年5月12日より供用を開始し[2][27][28]た。これらは互いに駐車場と道路を挟んだ対面にあり、全面バリアフリー化や乗船口を2階として渡り廊下を設置するなどで、利便性が大幅に向上した。この他、札幌市と稚内市を結ぶ都市間バスの特急わっかない号宗谷バス)と特急はまなす号(北都交通)の一部がフェリーターミナル前に乗り入れる。(その停留所名は稚港フェリーターミナルである。)

なお、それまで北埠頭で共用されていたフェリーのりばは同年6月に解体された。 その跡地は他の各種施設の移転後に、市街地総合再生プロジェクト[29]の一環として行われている稚内マリンタウン・プロジェクト[30][31]に伴い、北防波堤ドーム公園として整備された[24][25]

北防波堤ドーム編集

1936年に竣工した北防波堤ドーム[32]2001年(平成13年)に北海道遺産に選定され、2008年(平成20年)度に近代化産業遺産に選定された[32]

副港編集

2箇所の副港は隣接しており、稚内副港市場もそのエリアに在る。

  • 第1副港
  • 第2副港

灯台編集

[出典無効] 稚内の名を戴く稚内灯台[33]は、稚内港にではなく、野寒布岬に存在する。

  • 北防波堤灯台[34]
  • 第1副港防波堤灯台[35]
  • 第2副港防波堤灯台[36]
  • 北洋埠頭北防波堤灯台[37]
  • 東防波堤西灯台[38]
  • 東防波堤東灯台[39]

沿革編集

ギャラリー編集

稚内港とその周辺
稚内公園から望む稚内港の全景 
嘗て北埠頭に在ったフェリーのりば 
 

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ 国際法上は、日本国が1951年サンフランシスコ平和条約に因って全ての権利や権原及び請求権を放棄したためにそれ以降は最終的な帰属は未定である。ソビエト連邦(現ロシア連邦)はこの条約に署名していない。
  2. ^ この「アインス宗谷」による「稚泊航路」としては54年振りの日本船による定期運航となった[9]
  3. ^ a b これは、駅と名が付いているが、正式には【旧】稚内港駅構内の仮乗降場である。
  4. ^ 本年が公式な開港年とされる。
  5. ^ 市議会の議決を得ずに違法に稚内副港市場のフロアを購入していた[46]
  6. ^ 事業譲渡・第三セクターの稚内シーポートプラザの解散に伴い、稚内市が損失補償分17億円を肩代わりした[49]

出典編集

  1. ^ a b c H19.4.1kowan_kanrisya.pdf (PDF)”. 国土交通省港湾局. 2007年4月1日閲覧。
  2. ^ a b c “利礼、サハリン航路 2フェリーターミナル 交流、観光担い「船出」”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2008年5月13日) 
  3. ^ a b “初の地元貿易実現 ナホトカから 北洋材積みソ連船”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1974年2月8日) 
  4. ^ a b “サハリンへ戦後初の観光ツアー船、第1船が出港-稚内”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年5月22日) 
  5. ^ a b “日ロ定期航路再開 交流促進に期待”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1991年5月2日) 
  6. ^ a b “日ロフェリー第一船出港 ホルムスク発 けさ稚内に到着”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1995年4月27日) 
  7. ^ “今年の日ロ定期航路 支援費負担 折り合いつかず 稚内市要請 道は消極的 利用促進協正副会長会議”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年1月16日) 
  8. ^ a b “46年ぶり「稚泊航路」復活、サハリン・コルサコフ(大泊)へ船出。残留邦人の帰国や親族訪問にも活用-稚内港”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1999年5月2日) 
  9. ^ “212新聞 宗谷 稚内 日ロ定期航路 54年ぶり日本船就航”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1999年10月16日) 
  10. ^ “稚内・日ロ定期航路 今年の利用客3割減 便数減、資源開発も一段落”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2006年3月28日) 
  11. ^ “日ロ定期航路 運航開始 本年度は45往復 稚内”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年5月16日) 
  12. ^ “稚内・日ロ定期航路 今年の利用客3割減 便数減、資源開発も一段落”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年11月2日) 
  13. ^ “アングル 赤字続き、今年は10往復減… 稚内-サハリン航路 正念場 利尻・礼文航路も低迷 運航会社「もう限界」 市、道に財政支援要請”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2010年5月14日) 
  14. ^ “ビザなしでサハリンツアー 稚内からフェリー第1便”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2011年6月7日) 
  15. ^ “稚内―サハリン間フェリー ロシア 港湾料50%上げ 赤字の運航会社困惑”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2012年4月7日) 
  16. ^ “日ロ定期フェリー 旅客、前年比16%増 今季 貨物輸送は16%減少”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2012年10月6日) 
  17. ^ “ビザサハリン航路 ハートランドが撤退方針 「交流途絶える」地元懸念”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2014年9月9日) 
  18. ^ a b “サハリン航路 ハートランドフェリー 運航終了 「貨物確保、維持に不可欠」 稚内市長「赤字縮小に全力」”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2015年9月19日) 
  19. ^ “稚内―サハリン間フェリー ロシア 港湾料50%上げ 赤字の運航会社困惑”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2016年4月7日) 
  20. ^ a b “サハリン航路 稚内で新会社設立 運航再開 高いハードル 貨物確保の具体策など模索”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2016年4月2日) 
  21. ^ a b “サハリン航路再開で調印式 稚内三セクとロ会社”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2016年7月4日) 
  22. ^ a b “サハリン定期航路再開 第1便が稚内に到着”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2016年8月1日) 
  23. ^ “サハリン航路今季終了 再開果たし地元安堵 来季は貨客船運航視野 稚内”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2016年9月17日) 
  24. ^ a b 20120618103239.pdf (PDF)”. 稚内市. 2014年9月1日閲覧。
  25. ^ a b 20120618103226.pdf (PDF)”. 稚内市. 2014年9月1日閲覧。
  26. ^ a b c keiryuutaishousenpaku.pdf (PDF)”. 稚内市. 2014年8月30日閲覧。
  27. ^ a b “サハリン・利礼航路の新ターミナルが「船出」”. 北海道新聞[動画News] (北海道新聞社). (2008年5月13日). http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/video/?c=&v=394800761002 
  28. ^ a b “稚内港で新国内、国際フェリーターミナルが供用開始”. e-kensin (北海道建設新聞社). (2008年5月13日). http://e-kensin.net/news/article/2459.html 
  29. ^ 市街地総合再生プロジェクト(動き出した新しいまちづくり)”. 稚内市. 2014年8月30日閲覧。
  30. ^ a b c 稚内マリンタウンプロジェクト”. 稚内市. 2014年8月30日閲覧。[リンク切れ]
  31. ^ a b c 1_27.pdf (PDF)”. 国土交通省北海道開発局. 2014年8月30日閲覧。
  32. ^ a b c d “土曜スペシャル 開拓支えた歴史に光 08年度近代化産業遺産 道北から12件 施設核に活性化策も”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2009年2月21日) 
  33. ^ 稚内灯台”. Lighthouse-JAPAN.com. 2014年9月1日閲覧。[出典無効]
  34. ^ 稚内港北防波堤灯台”. Lighthouse-JAPAN.com. 2014年9月1日閲覧。
  35. ^ 稚内港第1副港防波堤灯台”. Lighthouse-JAPAN.com. 2014年9月1日閲覧。[出典無効]
  36. ^ 稚内港第2副港防波堤灯台”. Lighthouse-JAPAN.com. 2014年9月1日閲覧。[出典無効]
  37. ^ 稚内港北洋ふとう北防波堤灯台”. Lighthouse-JAPAN.com. 2014年9月1日閲覧。[出典無効]
  38. ^ 稚内港東防波堤西灯台”. Lighthouse-JAPAN.com. 2014年9月1日閲覧。[出典無効]
  39. ^ 稚内港北副防波堤東灯台”. Lighthouse-JAPAN.com. 2014年9月1日閲覧。[出典無効]
  40. ^ 「函館市史」通説編2 4編7章4節1-2”. 函館市史. 函館市. 2014年9月1日閲覧。
  41. ^ a b “「稚内マリンタウン」計画が始動”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1991年10月28日) 
  42. ^ “稚内副港市場きょうオープン 活況の70年代再現 食材も充実 市民の台所に”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1994年4月26日) 
  43. ^ “稚内港の国際交流特区あす認定 サハリン貿易拡大期待 臨時開庁手数料が半額 通関手続き 実質的に時間延長”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2003年5月22日) 
  44. ^ “昨年の稚内港輸出入総額 初の300億円突破 前年比45.7%増 サハリン開発後押し”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2006年1月31日) 
  45. ^ “稚内副港市場きょうオープン 活況の70年代再現 食材も充実 市民の台所に”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年4月28日) 
  46. ^ “稚内市の施設違法購入 容認、反発 割れる議会 きょう代表者会議 追認案の扱い議論”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年6月26日) 
  47. ^ “稚内港「オアシス」登録 開発局 地域活性化拠点に”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年11月29日) 
  48. ^ “稚内全日空ホテル譲渡 「涼しさ」海外へ売り込む 事業継承の社長ら会見 食事面から改善”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2010年2月2日) 
  49. ^ “稚内全日空ホテル譲渡決議 3セク債申請を可決 市議会 17億円、10年で償還 市長 損失補償を陳謝”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2010年1月30日) 
  50. ^ “稚内港 日本海側拠点港に 日ロ航路 利用拡大を 稚内市長”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2011年11月12日) 
  51. ^ “飲食店や高齢者住宅が一体 稚内駅ビル 全面開業”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2012年4月29日) 
  52. ^ “GW後半も各地で笑顔 記念切符に長い行列 道の駅わっかない開業”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2012年5月4日) 
  53. ^ 「北防波堤ドーム公園」に決定しました”. 稚内市. 2014年9月1日閲覧。
  54. ^ “GW前半 笑顔と活気 稚内「海の駅」開業セレモニー 登録祝い除幕式”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2013年4月29日) 

関連項目編集

外部リンク編集

項目分類編集