種村 佐孝(たねむら さこう / すけたか、1904年12月9日 - 1966年3月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐三重県出身。参謀本部戦争指導班長を務め、対ソ終戦工作にあたった。主著に『大本営機密日誌』。

種村 佐孝
Suketaka Tanemura.jpg
生誕 1904年12月9日
日本の旗 日本 三重県
死没 (1966-03-10) 1966年3月10日(61歳没)
所属組織 War flag of the Imperial Japanese Army.svg 大日本帝国陸軍
軍歴 1925年 - 1945年
最終階級 帝國陸軍の階級―襟章―大佐.svg 陸軍大佐
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概要編集

太平洋戦争中、陸軍参謀本部戦争指導班長をつとめ、大本営の戦争指導にあたった。

戦争末期、対米降伏・和平交渉はアメリカの偽装であり、対米戦争の継続のためソ連同盟論を主張、対ソ終戦工作に従事する。

戦後にシベリア抑留に遭い、モンゴルウランバートルにあった「第7006俘虜収容所」にて、共産主義革命のための特殊工作員として朝枝繁春志位正二瀬島龍三らとともに訓練を受ける。

著作編集

  • 『大本営機密日誌』

関連項目編集